Parade of the Wooden Soldiers
(Parade of the Tin Soldiers / Parade der Zinnsoldaten)
L.イエッセル 作曲 Leon Jessel (1871-1942)
J.J. モリセイ 編曲 John Jacob Morrissey (1906-1993)
-Introduction-
本邦においてこの「おもちゃの兵隊の行進」は、何といっても 日本テレビ(NTB)系列で月~土曜11:45から放送されている「キューピー3分クッキング」のテーマ音楽※ として有名な曲である。
1963年に始まった長寿番組であり、この番組のおかげで名前は知らなくても曲自体はよく知られているはずだ。
曲名表記は微妙に異なる幾つかが国内外ともに存在しており、「キューピー3分クッキング」
では ”おもちゃの兵隊のマーチ” としている。
※尚、CBC (中部日本放送) も別バージョン/独自の「キューピー3分クッキング」を制
作しており、そちらのオープニングでは歌劇「フィガロの結婚」の ”恋はどんなもの
かしら” (W. A.モーツァルト) が使われていた時期もあるという。いずれもシンセ
サイザーによる特徴的なアレンジだ。
番組ではこのアレンジの一部だけが演奏されるのだが、CD(右画像)も発売されて
いて全曲を聴くことができる。なかなかに愉しい音楽に仕上がっていてオススメ
である。( 編曲:グリフィン 演奏:野田 智子とのクレジットがある。)
■作曲者
作曲したレオン・イエッセルは、代表作 「シュヴァルツヴァルトの乙女」 をはじめとするオペレッタの作曲家として知られている。
ドイツの音楽学者アルブレヒト・デュムリンク (Albrecht Dumling)の著したイエッセルの伝記 (1992年刊、改訂再刊2012年)によると、イエッセルの人生の終幕は「おもちゃの兵隊の行進」の曲調とは真逆の、極めて悲劇的なものであった。
ユダヤ人であった彼はナチスにより差別と迫害を受け、死に至っている。キリスト教への改宗ユダヤ人であり、保守的な愛国主義者であったイエッセルは勃興するナチスへ期待すら抱いていたにもかかわらず、である。
イエッセルは1937年に帝国音楽院から排除され、彼の作品は録音も楽譜の頒布も禁じられてしまった。そして1941年にはゲシュタポに逮捕され、虐待を受けた末に1942年ベルリン
・ユダヤ人病院にて息を引き取った。
イエッセルの遺した作品は第二次世界大戦後、設立されたイエッセル財団にて作曲家ノルベルト・シュルツェ (Norbert Scultze:大戦中の流行歌「リリー・マルレーン」の作曲者として有名) がその推奨に努めたことで、漸く再評価されたという。
【参考・出典】
LEON JESSEL, verweigert Heimat (イエッセルの伝記) 紹介サイト https://www.operanostalgia.be/html/Jessel.html
※イエッセルは吹奏楽曲としてもまさにドイツ的な作風の行進曲を幾つか遺してお
り、アメリカ海軍アカデミー・バンドの録音(右画像CD)で聴くことができる。
収録曲:Die Parade der Zinnsoldaten, Herz und Hand fur's Vaterland,
Morgenrote, Vom Fels zum Meer, Die Belden Husaren, Wir Siegen !,
Im Bunten Rock
■楽曲概説
✔原曲
「おもちゃの兵隊の行進 (閲兵式)」
(1897年) の原曲はピアノ独奏曲※
である。
※尚「(同名の)オペレッタの中の1曲であ
る」という情報が一部にあるが、その証
跡を見つけることはできなかった。
このシンプルな原曲は、ピアノ小品集アルバム(右画像)に収録されたバラージュ・ソコライの演奏でお聴きになることをお奨めしたい。
美しい音色で自然に奏されつつ、曲の場面場面のニュアンスはメリハリをもって表現されており、実にイメージ豊かな音楽的で品のある素敵な演奏である。
✔描かれた情景
夜になると、錫 (すず) で出来た兵隊たち※ が次々とおもちゃ箱から出てきてパレードを始める。隊列を組んで誇らしく胸を張り、意気揚々と行進するおもちゃの兵隊たち!
しかしやがて朝が来て陽が射し込むや、雪崩をうって大慌てで一斉におもちゃ箱へ戻っていく-。
この曲が描くのはそんなファンタジーな内容であり、それゆえに「くるみ割り人形」(チャイコフスキー)や「おもちゃの行進」(ハーバート)と並んで ”クリスマス・チューン” として演奏される楽曲でもあるのだ。明快で屈託がなく、そして実に愛らしい音楽となっている。
※この曲の英文表題には「おもちゃの兵
隊」の意味で木製(Wooden)としてい
るものもあるが、独語原題 ( Parade
der Zinnsoldaten ) にあるように当時
欧州の「おもちゃの兵隊」とは ”錫製”
である。
1838-1842年に書かれたアンデルセン
童話 「しっかりものの錫の兵隊」 こそ
は、まさにこの曲に描かれた ”おもち
ゃの兵隊” とイメージの合致するもの
だろう。(年代的にイエッセルもこの
童話を知っていたはずなのだ。)
この童話では1本の古い錫のスプーンを溶かして25体のおもちゃの兵隊を拵えた、とある。
「しっかりものの錫の兵隊」は動き出したり行進したりはしないものの、人間と同じ感情を持っていて愛らしい紙製
の踊り子に恋をする…。なのに兵隊は子供の理不尽な扱いによって冒険をさせられ、その運命を翻弄されるのである。
どぶねずみの喚く暗渠の中を兵隊が紙の舟で流れていくなど、童話特有の一側面である歪んだ幻想を描いた情景の
中でストーリーは展開し、それが漸く落ち着いた途端、兵隊の最期が訪れて物語は終わる。
またも子供の理不尽な行動によって兵隊は突然暖炉に投げ込まれてしまうのだ。そこへ愛するあの紙製の踊り子が
風に飛ばされてきて忽ち一緒に燃え上がる。兵隊は溶けてハート型の小さな錫の塊になっていた-。
そこにはもの哀しさの一方で、たとえ一瞬ではあっても愛するものと確かに結ばれたという、ささやかで無力な幸
福感が漂う。
この結末は子供というより、大人の心にこそ響くものと云えるだろう。そんな幸福ではあっても、間違いなく幸福
なのである。
✔吹奏楽編曲とモリセイ 「おもちゃの兵隊の行進(閲兵式)」は予て吹奏楽にも編曲され楽しまれてきた。
その最も古いものとしては、あのジョン・フィリップ・スーザ自身の指揮によるスーザ・バンドが1912年11月10日に同バンドの新たなレパートリーとして演奏したという記録 (New York Times記事) がある。
本稿で採り上げるのは、ジョン・モリセイが吹奏楽にアレンジしたヴァージョンであるが、「皇帝への頌歌」「中世のフレスコ画」などの作曲者として知られるモリセイらしく、原曲の持つ明快さを率直に生かしつつ、ダイナミックな吹奏楽の魅力を伝える豊かなサウンドの編曲となっている。とにかく、なんて愉しい曲なのだろう!
(尚、他の吹奏楽版としては M. Gould、P. Lavender、
R. Ford、J. P. Haeck、E. Osterling による編曲が確認できている。)
■楽曲解説
オープニングはこれからおもちゃ箱の中でそーっと始まる、不思議で愉快な出来事を表現するユニークな楽想である。
Clarinet と Trumpet が交互に奏でる不協和音でファンシーなイメージを醸し、それに続いて密やかに始まったドラムが徐々に大きくなってくる。
やがて ”お約束” のドラムマーチによるブレイクに導かれてベルトーン風の楽句からスケールの大きな序奏を形成する。-さあ、いよいよ行進の始まりだ。
まずはミュートを着けた Trumpet のソロから旋律が奏でられる。
これが徐々に賑やかになり、文字通り元気いっぱいな音楽になっていくのが心地良い!
続いて愛らしい旋律が木管に現れて、小さなおもちゃの兵隊の可愛らしい感じが伝わってくるが
今度はちっちゃいくせにちょっと威張って堂々と行進するその姿が、低音楽器によってユーモラスに描かれる。
繰返される音楽の賑やかで愉快でハッピーな様子には、思わず頬も緩むというものだ。
いよいよ活気を帯びて最高潮となったところで…
「朝が来てしまう」 !!
おもちゃの兵隊たちの行進は急ブレーキ!
一瞬冒頭のファンシーな楽想が戻ってきたかと思うと、再びベルトーン風の楽句に続いて重厚なエンディング・シーンとなるのだが
・・・最後の最後は兵隊たちが慌てておもちゃ箱に駆け込む様子の subito Allegro にて茶目っ気たっぷりに曲を締めくくる。
■推奨音源
指揮者不詳 アメリカ陸軍野戦部隊バンド
1998年に出版された同バンドのクリスマス・アルバムであり、モリセイ編曲版の全曲録音。優れた演奏と録音でその魅力を伝える。
※指揮者についてはリーフレットに記載なし
フレデリック・フェネルcond.
ダラス・ウインド・シンフォニー
アルバムのコンセプトに則り ”マーチ” としてモリセイのアレンジをフェネルが編集したバージョン。
小気味良いドライブ感で、さすがはフェネルというべき好演。
-Epilogue-
フェネルはモリセイ編曲のこの曲を ”Marches I've Missed” の一つと位置付けた。
まさにその言葉通りであり、この「おもちゃの兵隊の行進」という曲自体が、そして愛らしいモリセイのアレンジ版が、埋もれ忘れ去られてしまったらあまりに淋しい。
楽譜は絶版になって久しいが、再出版され吹奏楽においても再び大いに楽しまれる一曲となってほしいものだ。
<Originally Issued on 2019.3.20. / Revised on 2022.11.7. / Further Revised on 2023.11.14.>
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