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アルトサクソフォンのためのバラード

更新日:5月16日

Ballade for Solo Alto Saxophone and Band A. リード   Alfred Reed  (1921-2005 )


-Introduction-

わたしにとっては、たいした楽器なんだ。とんでもない音が出せるから。

(中略) …サキソフォンの場合はつねに選択が必要になる。音を出す時にいちいち選ぶんだね。この音はこっちに向かうのか、それともあっちかって。

人間の特質もそうで、この自由で知的な生物は悪魔にもなれるし神にもなれる。善と悪との間で選ぶんだ。

そういうわけで、サキソフォンには人間の姿をぎりぎりの状況で表現する力がある。ざらざらした下品な音にも、細やかで優雅な音にもなる。売春婦のようにも処女のようにも聞こえる。互いに相反するものが同居している。

まさに人間と同じだね。」                  - ジャン=マリー・ロンデックス


■楽曲概説

1981年にアルフレッド・リードが初来日した時の印象は、当時の吹奏楽ファンに深く刻まれているだろう。「ジュビラント序曲」「パンチネロ」「アルメニア舞曲」などの優れた作品でファンを魅了してきた吹奏楽界の巨匠は、新作「第2組曲」を引っ提げ、東京佼成ウインドオーケストラを指揮して録音と演奏会を行ったのだが、私自身この初来日に対する大きな期待と興奮を覚えたことを記憶している。


大分の片田舎に居た私は、あの伝説の新宿文化センターに於ける演奏会(1981.3.28.)に参じることはできなかったが、後に発売されたレコードを手にして、胸を激しく高鳴らせた。インタビューと「第2組曲」のリハーサルをも収録したこの2枚組のLPは、未知のリード作品がいっぱい詰まった ”宝石箱” のよう。「第2組曲」はもちろん期待通りの内容と演奏だったし、「ミュージック・メーカーズ」「ロシアのクリスマス音楽」なども初めて聴くことができ、感激は止まらない。「フェスティヴァル・プレリュード」など、Live の熱狂が伝わる録音もうれしかった。

そして、その興奮を鎮め心を癒すような一曲も用意されていた。

-それが 「アルトサクソフォンのためのバラード」 (1956年) である。


この素敵な協奏的小品は前述の1981年リード初来日時の伝説の演奏会 (独奏:下地啓二/左画像) でも披露されている。

「トランペットのためのオード」「クラリネットのためのセレナーデ」とともに、楽器メーカー・ルブラン社がリードに委嘱した吹奏楽伴奏によるソロ・フィーチャー・シリーズの一つであり、ルブラン社のプロモーションのために全米各地で開催された吹奏楽クリニックにて演奏されたとのこと。アルトサクソフォンの魅力を発散する優れた楽曲として、記憶され愛され続けるべき作品である。


■サクソフォン -その魅力と名手

✔19世紀半ばに発明された「新しい楽器」

ベルギー人の楽器製作者アドルフ・サックス(Antoine Joseph Adolphe Sax 1814-1894)によって19世紀半ばに開発・製作されたサクソフォンは、発明者サックスがこの楽器のプロモーションとして軍楽隊への採用を推し進め、これに成功した経緯から、そもそも吹奏楽との関係が非常に深い。サックスの開発した楽器群の多くは、耐久性や音量の面で野外演奏に適し、且つ機能的な楽器というコンセプトが反映されたものなのである。

 

アメリカにおいてもギルモア(Patrick Gilmore 1829-1892)やスーザ(John Philip Sousa 1854-1932)の吹奏楽団の編成に採用されたことで、楽器としての地位を確立したという。


そして今やサクソフォンはポピュラー音楽において最も欠かせない管楽器となっており、特にジャズの分野では多くの名手がそれぞれに個性を発揮し、伝説的な存在とも成っているのはご存知の通り。

また、ラヴェルの「ボレロ」「展覧会の絵」などを初めとしてクラシック音楽においても独特の魅力を発揮しているし、またサクソフォン・アンサンブルは表現力と完成度の高い室内楽形態と認められている。

 

【参考文献・出典】

「サキソフォン物語  -悪魔の角笛からジャズの花形へ」

  マイケル・シーゲル 著   諸岡 敏行 訳

  青土社 刊

 

 

 



✔クラシカル・サクソフォンの名手たち

クラシック音楽におけるサクソフォンは、フランスで育てられたもの。

マルセル・ミュール (Marcel Mule 1901-2001)、ダニエル・デファイエ (Daniel Deffaye 1922-2002)、ジャン=マリー・ロンデックス (Jean-Marie Londeix 1932- )と連なる系譜である。


サクソフォン奏者ならずとも、このヴィルトゥーゾたちの演奏は傾聴すべきものだ。

本稿で採り上げる「アルトサクソフォンのためのバラード」のプログラム・ノートにも

「フランス流サクソフォンに対する敬意 (作曲するにあたっては、それが根底にあったのだが) を表し、ソロにおいては輝かしくも軽やかで、息の長い抒情的な旋律線を際立たせるようにしている。」

とのリード自身によるコメントがある。従って、作曲者の念頭にあったこの曲のアルトサクソフォン・ソロのイメージを理解するためにも、彼らの演奏は必聴なのである。


「サクソフォーンの芸術」 (3枚組CD)

ミュール、デファイエ、ロンデックスの代表的録音がパッケージングされている。

特にミュールの演奏する「アルトサクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲 (Jイベール)」は、私の頭から離れない。

尋常ならざる生命感の躍動と、ミュールしか持たない ”歌” がそこにあるのである。

 

 



■楽曲解説


「アルトサクソフォンのためのバラード」は、最初の一音から Alto Saxophone ソロ による旋律提示でスタートする。冒頭からして、この楽器の魅力をストレートに伝えようとする意図が明確である。


※初演者は、本作の献呈を受けた ヴィンセント・アバト (Vincent Joseph Abato 1917-2008)

ロジンスキやストコフスキーにも重用されたクラリネット、バスクラリネット、サクソフォンの名手である。

有名なポール・クレストンのサクソフォン協奏曲 (1944年) の初演者としても知られる。

 

 

 

 内容については、作曲者リードが端的に解説している。

「バラードとは、そもそも西洋音楽における最も古い世俗的な音楽形態の一つである。

しかしながら、神聖なものと世俗的なものと両方のあらゆる種類の歌詞が附いて、様々な書法で書かれ、多様な音楽ジャンルをカヴァーしているものでもある。そして大概はゆっくりとした、抒情的なものこそがバラードであるとされており、本作もこの考え方に則っている。

主要旋律は単一だがこれに2つのモティーフが附随しており、澱むことのない流れの中で展開される。各小節の関係が密となったり疎となったりしつつ、ムードや色合いの微妙な変化を頻繁に示していく。」

 

終始ファンタジックな曲想の中、3連譜を多用したフレーズを Alto Saxophone ソロがくるくると舞うように歌う。

それがとても美しい。


しかし、この曲の魅力は単にソロの美しさだけではない。

「絶え間なく交互に入れ代り、また分散する和音。バック・ハーモニーはまるで空に浮かぶ雲の形がうつろうように、或いは海での波の姿がうつろうように常に変化している。アルトサクソフォン・ソロは、こうした伴奏の変化し続ける色合いの中に包まれている。」

というコメントからも判る通り、リードがこの作品で腐心したのは美しいソロの旋律線だけではなく、音楽が示す ”色合い” の微妙な変化 (ニュアンス) を出すことだった。

 

緩やかに心癒しつつも、テンポも含めた微妙な変化が常に示されることで聴くものの音楽的興味を捉まえ、決して放さない。そうした奥行を持つ楽曲になっているからこそ、独奏楽器の魅力を語り尽くせるのである。

「終盤、旋律は元の姿に戻って再現されるのだが、最終小節はまた新しいパターンの ”ハーモニーの色” を持っている。これにより、自由に流れてきたこの歌を最も相応しいやり方で完結せしめるものである。」

とは、リードのそうした意識が最終小節まで貫かれていたことを示すコメントではないか!

 

そして微妙なニュアンスの変化で音楽的興味を刺激し続けながら、堂々たるクライマックス(練習番号E) にも到達していく。

ダイナミックなのにどこか切なく緊迫する Alto Saxophone のレシタティーヴォは特に印象的であり、胸を打つ。

トリルのあたりが、また泣かせるのだ…。


■推奨音源

アルフレッド・リードcond.

東京佼成ウインドオーケストラ

Alto Sax. 独奏:下地 啓二

何といってもこのリード初来日記念盤がお薦めとなる。

クライマックスにおける ”切なさ” を一番感じさせてくれる演奏であり、ソロの仄かなストイックさが、幻想性を更に深めているところも好き。

出版元 Keiser Southern Music 社のデモ音源にも採用されていた。

  

 


【その他の所有音源】

山下 一史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ     Alto Sax. 独奏:須川 展也

加養 浩幸cond. 土気シビックウインドオーケストラ  Alto Sax. 独奏:原 博巳

 

 

-Epilogue-

吹奏楽のサックス・ソロ曲として記憶に残るものをもう一つ。ポップス分野では何といっても「追憶のテーマ」である。

(ニューサウンズ・イン・ブラス 第4集/1975年 収録)

 

バーブラ・ストライザンド&ロバート・レッドフォード主演映画「追憶」 (1973年原題:The Way We Were ) 主題曲であり、バーブラ・ストライザンド自身が歌って大ヒット、アカデミー主題歌賞も受賞した名曲である

  



マーヴィン・ハムリッシュによる名旋律を、浦田 健次郎の優れた編曲によりAlto Saxophone の大ソロで聴かせる。塚本 紘一郎のソロがまた実に良かった!

 

  ※このニューサウンズ・イン・ブラス第4集では、野波 光雄の編曲による「マイ・ラヴ」の Alto Saxophone

   ソロ素晴らしい。他にも優れた編曲と演奏が多い名盤であり、この頃のニュー・サウンズ・イン・ブラ

   スがとにかく ”突き抜けて” いたことを、証明するものである。

 


<Originally Issued on 2010.6.20. / Revised on 2017.7.28. / Further Revised on 2023.12.31.>

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