Alvamar Overture J. C. バーンズ James Charles Barnes (1949- )
-Introduction-
「アルヴァマー序曲」は本邦吹奏楽界で最大の人気曲の一つであるが、有名かつちょっと変わったエピソードを持つ。
作曲者ジェームズ・バーンズが日本においてこの曲の演奏を聴くたびに「テンポが速すぎる!」と驚きと嘆きを繰り返すことになった、というのだ。
■”汐澤快速アルヴァマー”
なぜ日本で演奏される「アルヴァマー序曲」がそんなことになったのか?
というと理由は明白である。
「アルヴァマー序曲」はCBSソニーから同曲を収録した「吹奏楽コンクール自由曲集’82」というLP (左画像)※ が発売されたことによって日本に紹介されたのだが、その汐澤 安彦cond. 東京佼成ウインドオーケストラの演奏した「アルヴァマー序曲」のテンポこそが、鬼のように速かったからなのである!
※このアルバムは 「春の猟犬」 「第3組曲」 (A.リード) 「インヴィクタ
序曲」 (J.スウェアリンジェン) 「フォール・リヴァー序曲」 (R.シ
ェルドン) といった名曲を多数同時収録し、演奏自体も屈指のレ
ベルという名盤である
冒頭(Allegro Vivo)バーンズの指定テンポは ♩=132。これに対し、その演奏は ♩=160前後という快速さ!新曲の情報はCBSソニーのレコードだけが頼みだった時代でもあり、この演奏は何の違和感もなく受容れられた。
それどころか、その”快速さ”は楽曲のエネルギーを格段に高め、コントラストを鮮烈に描いてカッコイイことこの上なく、日本の吹奏楽ファンをあっという間に席捲してしまった。
「アルヴァマー序曲」 とはこういう快速な曲だ、と完全にイメージが出来上がってしまったのだ。これは、作曲者バーンズが想像もし得なかった事態と云えよう。
かくして、「アルヴァマー序曲」 は日本で完全に独り歩きし、”バーンズ=アルヴァマー”と、彼の代名詞として受け取られたほどの人気となった。だから、彼の名作「呪文とトッカータ」が登場した時には、「へぇーっ、バーンズってこんなシリアスで先進的な曲も書く人なんだー。」などと、今思えばお門違いな感慨を持たれた方が、私以外にも多くいらしたのではないだろうか?
そして、日本中の吹奏楽ファンに刷り込まれたこの”汐澤快速アルヴァマー”は、多くのバンドを”ハメる”ことにもなった。
あの快速さに憧れて”ぶっ飛ばした”バンドは、その多くが終盤のポリリズムで爆死することになったのである。(笑)
それでも悔いなし、と思えるほど、”快速アルヴァマー”はカッコ良かった!
「あんな風に演奏したい」と思わせるだけの抗
し難い魅力が、確かに存在するのだ。
作曲者バーンズに対しては些か失礼な話だが、あの快速演奏がなかったら「アルヴァマー序曲」はここまでの人気曲になり得ただろうか?その意味でも ”汐澤快速アルヴァマー” はアリだし、改めて BRAVO!の歓声を贈りたいと思う。
■作曲者
ジェームズ・バーンズの作品は吹奏楽オリジナルの中でも燦然と輝いている。
アメリカの吹奏楽作曲家としてはその人気で日本の吹奏楽界を席巻したアルフレッド・リード、ロバート・ジェイガー、フランシス・マクベスの御三家に続いた存在の一人である。その名を知らしめた「アルヴァマー序曲」以外にも「イーグルクレスト」「アパラチア序曲」「交響的序曲」といった明快爽快でカッコいい序曲群、「呪文とトッカータ」「トーチ・ダンス」「死の幻影」「ペーガン・ダンス」などのモダン&シリアス路線、「ヨークシャー・バラード」「ロマンツァ」といったリリカルバラード、そして大作としては第9番まで発表された交響曲、更には「カリビアン・ハイドアウェイ」やアレンジ作品「ポーギーとベス」「オズの魔法使い」のようなラテン / ジャズ / ポピュラーミュージックに至るまで、実に幅広い作品を発表している。
そのどれもが「演奏したい・聴きたい」と思わせずにはいない魅力を放っていることこそは、バーンズの天才と手腕を表すものである。
■楽曲解説
「アルヴァマー序曲」は1981年の委嘱初演。題名はバーンズの住むカンザス州にあるゴルフ場※ の名前だったそうであるが、標題音楽の要素はまずなさそうである。
※ Alvamar Country Club:1968年に完成したゴルフコースだが2017年にリノベーションされ
現在は Jayhawk Club の新名称で運営されている
※以下の楽曲内容についても ”汐澤快速アルヴァマー” のイメージに基いて述べている
急-緩-急の典型的な序曲形式。親しみやすい旋律と、モダンなリズム・サウンドを持っており、それが人気の源であろう。
快活な序奏部に続いて、Trombone の8分音符シンコペーションによる伴奏に導かれ、主部に入る。
(この伴奏がハーモニーとリズムを延々と支え続けるため、Trombone奏者は開始早々に著しくスタミナを失う…)
第一主題からしてその ”流麗“ なこと!
これを受けて Trumpet の奏でていく第二主題は2拍3連符が印象的で、仄かな憂愁が込められている。
快速部では、大きなフレーズの2つの旋律とリズミックな伴奏との対比が、楽曲の魅力を途切れさせることなく推進していくのである。その華やかさ、爽快さそして心を浮き浮きと躍らす快活さが、得難い魅力を放っている。
中間部へのブリッジは密やかに始まって徐々に緊迫を解き放ち、ついには豊かなサウンドを轟かせて実にロマンティックな音楽へと展開する。ここでは実に美しく、暖かい旋律が聴かれる。
それが変奏され各楽器の音色を活かして受継がれて行き、やがて大きく押し寄せる波のように高揚して、聴くものの心を攫うのだ。クライマックスは豊かな余韻を残しやがて静かに締めくくられる。
Allegro Vivo のテンポが戻り、遠く聴こえるパーカッションのリズムがどんどん近づいてきて、コンパクトな快速部の再現-。
そして全曲のクライマックスであるポリリズムへ!
ここでは快活に、そして目まぐるしく動き回る木管群をバックに、中間部の旋律が高らかに奏される。途切れないスピード感・緊迫感と、スケールの大きな旋律が渾然一体となった、感動的なクライマックスだ。
そしてファンファーレ風の楽句に続き、緊張感を漲らせる木管群のリズミックな伴奏とともにコーダに突入、強力にして鮮烈なサウンドの輝きに包まれて全曲を終う。
■推奨音源
音源は以下2つを対比的にお聴きいただきたい。
汐澤 安彦cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
これが伝説の ”汐澤快速”!
大胆に、そして鮮やかにぶっ飛ばす必聴の演奏には、理屈抜きに感じる快感があるだろう。
演奏から発散される音楽のエネルギーが凄いし、中間部の作りも丁寧。
[演奏時間:6’ 45”]
ジェームズ・バーンズcond.
東京佼成ウインドオーケストラ
作曲者自作自演、作曲者意図本来のテンポ (指定よりさらに遅め?) の演奏。受けるイメージの違いが大変興味深い。
[演奏時間:8’ 30”]
【その他の所有音源】
フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
WARNER BROS.社 デモンストレーションCD(演奏者不明)
おけいはんウインドオーケストラ (指揮者不明) [Live]
山本 正人cond. 東京芸大卒業生吹奏楽団
渡邊 一正cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
丸谷 明夫cond. なにわオーケストラルウインズ [Live]
現田 茂夫cond. 大阪市音楽団[Live]
ジェームズ・バーンズcond. シエナウインドオーケストラ
-Epilogue-
作曲者の意図を確りと汲み取り、基本を楽譜に忠実なスタンスに置く-その上でセンスよく演出、ニュアンスを加えていくのが、演奏者としての王道なのは当然だ。
しかし、大胆な解釈が思いがけない音楽の魅力を覚醒させることもある。”汐澤快速アルヴァマー” はそれが成功した稀有な例である。高いセンスと的確な判断が必要で、誰にでもできるものではない。
作曲者バーンズの嘆きは真摯に受け止めるとして、「まあ、これはこれでいいじゃないですか。」と申上げるほかない-と私は思う。
<Originally Issued on 2009.7.21. / Revised on 2022.8.4. / Further Revised on 2023.11.1.>
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