Eaglecrest -An Overture J.C.バーンズ James Charles Barnes (1949- )
-Introduction-
1986年頃、まだ大学生だった私が深夜にぼんやりテレビを見ていたら「中央競馬ダイジェスト」(フジテレビ)で競争馬たちが力走するレースの模様が映し出される中、この曲がBGMで流れてきたので驚いた記憶がある。
明快な曲想と力感のある勇壮さが見事に画面と合致していた。因みにこの時期、同番組ではオープニングに「チェストフォード・ポートレート」(スウェアリンジェン)を使用していたから、番組制作側に吹奏楽関係者が居たのかも…。
■楽曲概説
「パガニーニの主題による幻想変奏曲」「呪文とトッカータ」「アルヴァマー序曲」や吹奏楽のための9つの交響曲で高名なジェームズ・バーンズが作曲した序曲「イーグルクレスト」(1984年)は、幾つもの面で究極の ”典型” な楽曲である。
即ちまず第一に吹奏楽オリジナル曲の、第二にアメリカ的なセンスの、そして第三にバーンズの序曲としての-いずれにおいても ”典型” と云える作品なのである。
急-緩-急のシンプルな3部形式・厚く充実したサウンドと豊かなダイナミクス・ラッパ群の特質を活かしたカッコイイ旋律とカウンター・「管」の息吹の感じられる中間部を併せ持つところなどは吹奏楽オリジナルの極致だし、また「勇壮」と「甘美」という判りやすい魅力をコンセプトとして、ド派手でストレートに伝えてくる明快さは如何にもアメリカ的。そしてそれらをモダンな ”バーンズ色” できっちり料理した作品であり、バーンズの美点、手法が惜しみなく投入されている。そうした全ての ”典型” を、ナルシスティックなまでに極めた怪作なのだ。
■標題とインスピレーション
標題の「イーグルクレスト」とは鷲の紋章を意味する。
アメリカ合衆国という国家の象徴たる国章(左画像)もその一つであるし、鷲の紋章はそれに止まらず広くアメリカ社会の中で親しまれ、さまざまな団体の象徴となっている存在である。
バーンズは標題の下にウォルター・ホイットマン(Walter Whitman 1819–1892)による「鷲のたわむれ」※ という詩の一節を掲げている。
楽曲はこの詩の内容を直接的に辿るものではないが、国家紋章を意味する標題にしろ、アメリカ文学の象徴であるホイットマンの詩を掲げたことにしろ、そこから感じられるのは、やはりバーンズの念頭にアメリカへの愛情・愛着があって、この曲が誕生したのだろうということだ。
※「鷲のたわむれ」
ホイットマンの代表作「草の葉」に収録。詳細は後掲全文を参照いただきたいが、一つがいの鷲の ”愛の戯れ”
を描写的に詠ったものである。
作者の日常風景の中に飛び込んできた高く、速く、激しい野生の愛の交歓への驚きと、そのあり方をそのまま
認め受け入れる作者の視点が感じられる。卑小なものにも偉大なものにも区別を認めず、どんな形であれ存在
するものをそのままに肯定し愛着する特異な感性を有した、と評されるホイットマンらしい作品と云える。
この”全ての個別への愛着”(これは強い自己肯定でもある)が ”全体という理念” に帰着し、ホイットマンに
アメリカという国のダイナミズムへの期待をもたらした、との分析もされている。
詩集「草の葉」こそは、アメリカが生み出したものであり、アメリカをしてアメリカたらしめている根源とも
評され、文字通りアメリカに根ざし、アメリカを象徴するものと捉えられているのである。
【参考・出典】
「対訳ホイットマン詩集」(木島始 編/岩波文庫)
「草の葉」上・中・下 (ホイットマン 作 酒本雅之 訳/岩波文庫)
■楽曲解説
Cymbal に続いて Trumpet(+Horn、 Euphonium)が主要旋律のモチーフを奏で、これを金管中低音の豊かなサウンドが受ける華々しい Allegro risolute のオープニング-。
木管楽器のアルペジオをバックに、モチーフがカノンで奏される序奏部がダイナミックに高揚すると、ついに堂々たる旋律が全容を現す。
リズミックで鮮烈なカウンターを伴うここの楽想は実に力強く、「勇壮」という言葉が良く似合う。テンポの速過ぎない、スケールの大きな演奏が好ましい。
リズミックな経過句で一旦静まるのだが、この緊張感のある経過句は曲中の要所で効果的に使われている。
ここでも重要な役割を果たしているのが Timpani であり、全曲に亘ってその存在は非常に大きい。音色とセンスの優れた奏者が求められよう。
続いて木管と鍵盤打楽器のアルペジオが今度は雄大なサウンドを醸し、拡大された旋律がHorn(+ Euphonium、Tenor Sax.、Fagotto)によって伸びやかに奏される。常套的な手法だが感動的である。転調して旋律が Trumpet+Tromboneへ移り高揚した後、Trombone のファンファーレ風のハーモニーに導かれリズミックな楽想となり、再び転調して勇壮な旋律が再現される。
経過句を挟みいよいよ前半のクライマックスへ進むが、ここでバーンズはなんと全合奏のカウンターに対峙して低音群に旋律を奏させるのだ。
豪壮な Tuba の音色 (破裂音ではなく) が聴けたなら、感涙間違いなしの場面だ。
ファンファーレが劇的に高揚し頂点でドラが轟きブレイク!Timpani のダイナミックなソロもすぐに静まって、興奮を鎮める ”鐘” を Horn が打ち鳴らし中間部 Adagio へ向かう。
ここでは Vibraphone - Fagotto - Oboe と移ろう音色の配置が実に巧みである。 そしていよいよ、甘美さを極めた Alto Sax.ソロがやってくる-。
何というセンチメンタルでスィートな…!この夢見る旋律を品良く、しかし充分に歌ってくれたらうれしい。
これを受けて音楽はさらにロマンティックに発展しついには全合奏で歌い上げていくのだが、Piccolo も効かせた木管楽器の対旋律は究極のセンチメンタリズムを示し、豊かなバンド・サウンドと幅広いフレーズで聴く者を懐く感動的なクライマックスを迎える。
幻想的な Adagio の終わりも、その始まりに呼応した Horn の ”鐘” で締めくくられ、再び経過句を挟んでコンパクトな再現部となる。
ダイナミックな曲想を呼び返した後は、今度は経過句をテンションの高い Trumpet の音色で奏させることにより華やかさと緊張感を押し上げて舞台を調え、そこに Horn が終幕への歌を高らかに歌う。
最後まで重厚なサウンドを響きわたらせ、勇壮なエンディングで曲を閉じる。
「爽快」の一語に尽きる聴後感に包まれる。
■推奨音源
汐澤 安彦cond.
東京アカデミックウインドオーケストラ 楽曲の魅力を大きく捉え、メリハリをもって示した演奏。
スケールが大きく、この曲に要求される「推進力」に満ちている。 (演奏メンバーは錚々たる方々で、ハイレベルな演奏になったのも頷ける。)
【その他の所有音源】
汐澤 安彦cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
ジェームズ・バーンズcond. カンザス大学吹奏楽団
-Epilogue-
”典型” 的であるということはデフォルメの要素も帯びているということで、この曲はまるで星条旗柄の帽子と衣装を纏ったアンクル・サム (或いはイーグル・サム) ※ のようでもあり、やや気恥ずかしい感じも否めないのだが、それでも私はこの曲が大好きだ。
同じ楽句や同じ楽器の音色を、巧みに変化をつけつつも呼応させることで全編に統一感のある楽曲に仕上がっているので、ストレートな ”カッコ良さ” ”スィートさ” を品良く伝えられたなら理屈抜きに楽しい音楽になると思う。
※アンクルサム(Uncle Sam)
アメリカを擬人化したと云われるキャラクター。
衣装はアメリカ国旗そのもの(ウルトラスターハット & スタータキシード、というらしい ^^)であり、1800年代からアメリカの愛国心を象徴し、鼓舞する存在であった。
イーグルサム(Eagle Sam)は1984年のロサンゼルス五輪マスコットキャラクターで、アンクルサムのコンセプトをこれもまたアメリカの象徴である鷲に纏わせたもの。
この曲の演奏において一番イケナイのはうつむいたり、逆の意味で格好つけてスカしたりといったこと。CDやネット上の動画で耳にするこの曲の演奏は、実は多くが全然カッコ良くない。
こうした曲を軽く見る傾向は吹奏楽界の浅はかさを物語る一面なわけだが、如何にもカッコイイ曲をカッコ良く演奏するのにも技術が必要だし、センスが必要なのだ。
「品」を失ってはいけないが、楽曲の特質を的確に摑んで、それぞれを ”それらしく” 表現しなければ、ちっとも楽しくならいのである。
<Originally Issued on 2012.12.28. / Revised on 2022.10.12. / Further Revised on 2023.12.3.>
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