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カンタベリー・コラール

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更新日:2024年12月16日

Canterbury Chorale J. ヴァン=デル=ロースト Jan Van der Roost  (1956- )


-Introduction-

「カンタベリー・コラール」は作曲者がイギリス南東部にある世界遺産、カンタベリー大聖堂(Canterbury Cathedral) を訪れた際の印象をもとに、ブラスバンド作品として1990年に作曲したもの。


1993年には吹奏楽版も編まれ、大変優美な旋律と、壮麗な偉観を誇る建築物を表す堂々たる骨格を持つ名曲として広く愛されている。







「明るい陽光から一歩聖堂内に足を踏み入れたとき、立ち並ぶ石柱とその先の信じられないほど高い幽暗の天井から押し寄せるように響いてくるオルガンの響き、そして振り返ると西窓のステンドグラスから射し込んでくる煌く光は、たちまちにして現実空間からの離脱を感じさせるのに十分であった。」


「イギリスの大聖堂」の著者 志子田光雄・富寿子夫妻は、初めてカンタベリー大聖堂を訪れた際の印象をこのように語っている。これはヴァン=デル=ローストがインスピレーションを得た印象についても、具体的なイメージを示唆してくれるのではないだろうか?

そこでまず、本楽曲の題材となったこの「カンタベリー大聖堂」についてこの「イギリスの大聖堂」からの引用を中心に、整理しておきたい。

                                     (画像出典:トリップアドバイザー)

 ※大聖堂(Cathedral)とはキリスト教の教区において司教の在籍する=司教の座のある教会堂を意味する。

  大聖堂は大規模なものであることが多いが、大聖堂よりも大きな教会堂もまた多数ある。「大」聖堂との邦訳

  から誤解が生じがちだが、大きさそのものによって分類されているものではない。

  「大聖堂は信仰に基づく神への礼拝の場所であるとともに、神を賛美するために人間の能力を最大限に発揮し

  た芸術でもある」 (志子田光雄・富寿子)


■カンタベリー大聖堂

✔1,400年の歴史

キリスト教のイギリス伝導は563年、アイルランドの聖コルンバがアイオナ島 (スコットランド西岸沖/インナー・ヘブリディーズ諸島)に修道院を建立したのが端緒だが、一方ローマ教皇による伝導は597年に聖アウグスティヌスと40人の僧侶が派遣されたことに始まる。イギリス南部に上陸した彼らは当時ケント王国を台頭させていたエゼルベルフト王とその后に洗礼を授け、布教を本格化していく。

その洗礼の地こそがカンタベリーであり、601年聖アウグスティヌスはカンタベリー大司教に任命された。


これが1,400年を超えるカンタベリー大聖堂の歴史の黎明である。

 


1170年には当時の国王との対立により、トマス・ア・ベケット大司教が殉教する大事件も起こった。そうしたカンタベリー大聖堂は、中世においてヨーロッパ全土から巡礼者を集めていたし、現在でもイギリス屈指の巡礼地であり続けている。


✔イギリス国教会の総本山として

商業活動の活発化による国力の増大とその国力への自信に伴うナショナリズムを背景に、1534年ヘンリー八世は「首長令」を発し国王を教会の唯一の最高指導者と認めさせ、さらに修道院を解散してその財産を没収するなど「宗教改革」を断行した。

元々は熱心なカトリック教徒であったヘンリー八世がこのような改革に踏み切ったのは、実は自身がキャサリン妃と離婚する (=婚姻は無効とする) のがきっかけであったことは有名な史実である。

(テューダー朝の安泰のため男子の世継を渇望していた王ゆえか、はたまたその好色ゆえか、ヘンリー八世は6度も結婚している。)

 

キャサリン妃の出身であるスペイン王家の離婚阻止の動きがローマ教会を動かすという国際問題へも発展、遂にヘンリー八世はローマ教会と袂を分かち、自らが最高指導者である「イギリス国教会」を成立させることとなったのである。

1533年、ヘンリー八世は件の「婚姻無効」主張のブレーンであるトマス・クランマーを空座だったカンタベリー大司教へ任命、大司教となったクランマーが「婚姻無効」を認める形となった。以来、カンタベリー大聖堂はイギリス国教会の総本山として現在に至っている。


 ※但しヘンリー八世の「宗教改革」では信仰内容の改革は伴わず、次代エドワード六世がプロテスタントの教義

  を取入れたものの、続くメアリ一世がカトリックに復することを強行し (新教徒への迫害ぶりから”ブラッディ”   (=血染めの)メアリと称されたことは有名)、反動が生じた。

  かかる混乱を経て、 1559年エリザベス一世の諸改革によりイギリス国教会制度は確立を見たのである。


※カトリックにもプロテスタントにも属さぬイギリス独自の教会制度である「イギリス国教会」には、次のような

  特徴がある。

  ①イギリス国王が教会の首長となること(国王が教会の最高統治者となる)

  ②主教制による教会組織(国王-大主教-主教-副主教-司祭長-司祭)

  ③教義はカルヴァン主義に近い(信仰義認説、聖書主義、予定説など)

  ④儀式はカトリックのものを残す(聖職服の着用、聖餐式の時の跪拝など)

✔カンタベリー大聖堂の属性と特徴

まず組織形態としては、宗教改革以前の ”世俗的大聖堂” である「オールド」及び、19世紀以降新たに加えられたイギリス国教会の大聖堂である「モダン」とに挟まれた「ニュー・ファウンデーション」に属する。即ちヘンリー八世が修道院組織の解散と多くの建物の破壊による改革を断行した時、宗教的環境を新たに整えるために旧大聖堂を改めて大聖堂にしたものの一つである。

 

また大聖堂の建築様式には年代の古い順に「ノルマン」「初期英国ゴシック」「装飾的ゴシック」「垂直的ゴシック」「イギリス・ルネサンス」の5つがあるが、カンタベリー大聖堂は「垂直的ゴシック様式」とされ、その名の通り直線的なデザインである。



また黒死病流行による人手不足のため制作困難となった手の込んだ彫刻は影を潜め、代わりにステンドグラスが発達したことも特徴的とされる。


カンタベリー大聖堂の写真をみればそうした特徴が一目瞭然であろう。

フランスとの百年戦争により高揚したナショナリズムが独自の文化としての ”垂直様式” を育んだのである。


「長い身廊の両脇に林立する柱は、途中トリフォリウムで中断されることなく、柱頭の上はすぐクリアストーリーになっているため、そびえる柱列とそのあいだのアーケードのアーチはあくまで高く、柱頭から派生するリプによって支えられている丸天井は息をのむほどの高さにある。

巨木の林立する森林を想起させる列柱群のつくり出す空間を伝って降りてくるパイプオルガンの音色に触れるなら、たちまち我が身の卑小さを感じさせられるであろう。」

(志子田光雄・富寿子)


尚、クリプト (地下室)は左画像の通り大聖堂の基礎部分のアーチを支える如何にも力強い柱が林立しているが、

これは1070-1077年に作られたロマネスク様式のもの。


このロマネスク様式旧大聖堂の身廊は1377年に取壊され、現在の垂直様式に建替えられたのである。



【出典・参考】

 「イギリスの大聖堂」 志子田光雄・富寿子 著 (晶文社 1999年刊)

 樋口幸弘によるCDリーフレット解説 (fontec B00006LF5I)

 カンタベリー大聖堂 公式HP

 世界遺産オンラインガイド

 世界史の窓HP  詳説世界史B (山川出版社)



■楽曲解説


終始ゆっくり(♩=63)とした非常に幅広い音楽で、そこには美しさ、暖かさ、敬虔さといった高次元の精神性を感じ取ることができよう。それが端的に現れているのが、冒頭から提示される旋律である。

全編がこのムードに統一されており、高揚しても品位を決して失うことはない。

 

続いてまず Horn+Euphonium、そして Soprano Sax. +Alto Sax. のアンサンブルで二度繰り返される変奏が大変印象的。豊かな響きのハーモニアスなソリが夫々に楽器の音色を活かし、深遠さや雅さというものを描き出している。


そして最初のクライマックスは、Timpani のロールに導かれた輝かしく荘厳な Trombone (+ Euphonium) のソリで迎える。Tromboneという楽器の高貴で神聖な側面を捉えた見事なものである。


音楽はさらに壮大なクライマックスに向って、緩やかにテンションを上げていく。その様はまさに天に向ってひたすらに伸びていく大聖堂の建物そのものだ。

重厚でスケールの大きな堂々たるオルガン・サウンドに包まれたとき、脱俗の悦びにも包まれることであろう。

 

最後は Euphonium のふくよかなソリに見送られ、静かで深い響きがしみじみと遠く消えてゆく。


■作曲者

ヤン・ヴァン=デル=ロースト はベルギー生まれ。

現在のヨーロッパを代表する吹奏楽作曲家のひとりで、本邦の音大で教鞭を執るなど日本とも馴染みは深い。

「スパルタクス」「プスタ」「モンタニャールの詩」「アルセナール」など、ダイナミックな作風でヒット曲は数知れず。

 

彼の作品は構成力に優れており、現在のヨーロッパ作曲家がどうも冗長さに陥る傾向のある中で、そうした欠点を全く感じさせない貴重な存在である。

 



■推奨音源

この曲の魅力を生かす、たっぷりとしたテンポと充分な音の保持、息の長いフレーズ感が好演の大前提となる。

ノルベルト・ノジcond.

ベルギー・ギィデ交響吹奏楽団

安定したサウンドと音色がスケールの大きな音楽を構築しており、多少の不揃いなど吹き飛ばす。

特に Trumpet のハイ・ノートの音色が気高い輝きを備えており、感動的。







イーヴォ・ハデルマンcond.

ゼーレ聖セシーリア吹奏楽団

非常に丁寧な演奏。丹念に歌い上げ、また確りと構成を捉えている。

Euphonium の ”黒い” 音色は絶品であり、またこの演奏のエンディングの響きは最も本作品に相応しいものだと思う。






ヤン・ヴァン=デル=ロースト cond.

大阪市音楽団 (Live)

作曲者自作自演 Live 盤。

バスサックスとオルガンを加えた超豪華版であり、作曲者の意図・イメージを端的に伝える。

但し表現が積極的な一方、この曲が要求するストイックさにはやや欠けるか。






【その他の所有音源】

鈴木 孝佳cond. ネヴァダ大学ラスベガス校ウインドアンサンブル (Live)

武田 晃cond. 陸上自衛隊東北方面音楽隊

ユージン・コーポロンcond. ノーステキサス大学ウインドシンフォニー

鈴木 孝佳cond. TADウインドシンフォニー (Live)

松元 宏康cond. ブリッツ・ブラス

須藤 卓眞cond. なにわオーケストラル・ウインズ (Live)

ジャンカルロ・ロカテッリcond. ソンキーノ市吹奏楽団


-Epilogue-

吹奏楽オリジナル曲には貴重な、どっしりとした落ち着きと品格を感じさせる傑作である。

私自身、ヴァン=デル=ロースト がカンタベリー大聖堂からどのような印象を受けてこのような作品を生み出すに至ったのか- その具体的なイメージがつかめないでいた。カンタベリー大聖堂を実際に拝観する機会もなく、ただ画像/映像で見るだけでは…。 それを補完してくれたのが「イギリスの大聖堂」 (志子田光雄・富寿子 著) だったのである。

素晴らしい書籍とめぐりあえて洵に幸運であった。



      <Originally Issued on 2008.2.11. / Revised on 2022.5.4. / Further Revised on 2023.11.10.>

 
 
 

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