Kimberly Overture J. スピアーズ Jared Tozier Spears (1936- ) -Introduction-
今では信じられないことだが、大昔は吹奏楽コンクールでの演奏を会場にて録音しても問題にならなかった。「生録(ナマロク)」ブームを巻き起こした SONYカセットデンスケの登場が1973年-その頃までは録音機材を持つアマチュアも少ない時代で、権利関係や操作ミスによる雑音発生などに目くじらを立てる必要もなかったからかも知れない。
私が所属した中学の吹奏楽部の大先輩の一人が、その当時に西部 (現九州) 吹奏楽コンクールの演奏を録音し残してくれていた。おかげで音源も少なかった時代にレコード録音が存在しないものも含め、さまざまな曲を聴くことができたのは本当に有難いことであった。
(大好きなのに全くレコーディングされておらず、随分と長い間私にとってはその録音でしか聴いたことのない曲…というのが幾つもあったのだ。)
そして- 曲も色々だが演奏も色々、各バンドの思い入れが伝わる演奏は現在のレベルに比べれば拙いが、そんなものを超えて音楽的興味をそそる個性を持つものも多かった。
「キンバリー序曲」を初めて聴いたのもその録音だ。当時まだ小編成 (B) の部が開催されていた西部大会にて北九州市の中学が演奏していたのだった。この曲一番の素敵な旋律が出てくる部分 (練習番号C及びIから各6小節間) では Allegro にもかかわらずぐっとテンポを落とし、存分に歌うという非常に大胆な解釈で奏されていたけれど、このバンドがそこを大好きで入れ込んでいることが伝わる演奏であり、強く印象に残っている。
また、他校のこうした演奏をいつまでも残したくて、何度でも聴きたくて懸命に録音した先輩とその仲間 (中学生) たちが、眼前の演奏に熱いハートで接していたさまも目に浮かんでくるのである。
■作曲者と曲名について

「キンバリー序曲」 (1968年) は吹奏楽レコードの草分けである CBSソニーの「吹奏楽コンクール自由曲集 ダイナミック・バンド・コンサート Vol.1」に収録され、1970年代を中心に人気を博した作品である。
作曲したジャレッド・スピアーズはこの「自由曲集」シリーズに多くの楽曲を提供したことで本邦でも有名な作曲家となった。

題名の「キンバリー」について詳細は不明である。
「キンバリー」※ は英語圏の女性の名前としてはかなり一般的なものであり、この序曲がスピアーズのお嬢さん=マーシャのために書かれた作品であることからすれば、マーシャのお友だちか、或いは大事にしていたお人形の名前あたりに因むものではないかと私は推定している。いずれにしても、お嬢さんへ愛情を込めてプレゼントされた楽曲であることは間違いない。
※南アフリカ共和国に「キンバリー」というダイヤモンド採掘で有名な街があり、またそれに準えて命名さ
れたオーストラリア西部の同名都市もあるが、ともに ”Kimberley” とスペルが異なっており、無関係と推定
される。
曲名と同じスペルの ”Kimberly” としては、製紙とそこから派生したヘルスケア用品製造を手がける米国大
手企業キンバリー・クラーク (Kimberly-Clark) 社と、その創業者に因んで名付けられたウィスコンシン州に
ある村の名前くらいしか見当たるものはない。しかしスピアーズの経歴にウィスコンシン州での活動は登場
せず、そこにお嬢さんとの特別な想い出があるようにも思えないので、これも無関係なのではないだろうか。
■楽曲解説

序奏部は Allegro 2/4拍子、中低音によってモチーフがダイナミックに奏される。カウンターの Timpani が実に小気味良いオープニングである。
輝きを放つ木管のトリルとともにモチーフが発展し高揚するとリズミックな第1主題が現れ、中低音のカウンターと交互に繰返される。これがスネアのリズムで静まると、シンコペーションを効かせたモダンな伴奏が聴こえてくるのだが、これがとても洒落ていて私は大好きである。

この伴奏に乗って水晶のような透明感のある第2の主題を Clarinet が奏し、

さらに Flute、Oboe、E♭Clarinet も加わってオクターブ上で歌い上げると、キラキラと水しぶきがはじけ飛ぶような曲想がこれに続く。

爽快なサウンドの中で2つの美しい旋律が絡み合うさまには、思わず心がときめいてしまう。
緊張感とダイナミクスを高めたブリッジを挟み第1主題が戻ってくるが、今度は濃厚なサウンドと鳴り響くドラで仕舞われ、Trombone → Cornet と受継ぐソリによって鎮まり中間部の Andante 4/4拍子へと入る。
ここでは落ち着いた雰囲気へと変わり、やや内省的で憂いを帯びた旋律が歌い出すのだ。

幻想的な木管低音の響きと Timpani の密やかなソロとで一旦遠く消えていくのだが、Clarinet の低音が再び歌い出して音楽は徐々に高まり、やがてテュッティとなってサウンドも暖かさを増していくのが実に印象的である。
フェルマータで迎えたその頂点の次には、柔らかにまばゆい、昇りゆく朝日をイメージさせる幅広い音楽となってブリッジを形成し、Allegro の再現部へ向かう。

もう一度リズミックで爽快な楽想を繰返して楽しませた後、冒頭のモチーフを応酬してコーダに入り、Percussion ソリを挟んで最後まで快活なままに曲を閉じる。
急-緩-急のオーソドックスな構成によるシンプルで愛らしい、技術的には易しい小品だが、美爽な旋律に満ち、ハーモニーを活かした効果的な楽句を要所に配した佳曲だ。
聴いていると「おっ、いいなぁ!」って幾度もワクワクさせられる、私のお気に入りである。
現在は楽譜の入手も困難となっているが、この曲もまた忘れ去るには惜し過ぎる作品と思う。
■推奨音源

飯吉 靖彦 (汐澤 安彦) cond.
フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル
唯一の音源であるが、よく歌い、曲の魅力を発揮させた好演。
…ただ、ぜひ他の演奏でもこの曲を聴いてみたいとも思う。
-Epilogue-
ジャレッド・スピアーズは非常に多くの吹奏楽作品を作曲しているけれども、この「キンバリー序曲」の他にも今となっては楽譜が入手困難なものが幾つもある。
スピアーズはご健在だし、そうした譜面は何とか権利関係を整理して再出版していただけないものだろうか…。
<Originally Issued on 2013.1.13. / Revised on 2022.12.2. / Further Revised on 2023.12.1.>
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