Sinfonia Nobilissima for Band R. E. ジェイガー Robert Edward Jager (1939- )
-Introduction-
「カッコイーッ!」
九州の田舎、木造平屋建の吹奏楽部・部室でこの曲のレコードを聴いていた、当時中学1年生の私の口を突いて出た感想である。
堂々たるイントロはもちろん、「ばばばばばばばば」と D♭スケールで駆け上がり、高らかにメロディを執る Trombone…
うーん、いい!
キラキラ輝く Oboe ソロ! (というより、その頃はただただ 「これがオーボエかー、すげー」という感想だったが・・・。) に続いてまたもバリバリ鳴らす Trombone、次いで耳慣れない太鼓の音色(「トコトコトン」)が印象的だ。
部室に楽譜があったから見てみると、1st Trombone の最高音は Hi-H!(高ぇ!)。あの太鼓の音は ”スネア・オフ” という奏法らしい。
確かに、部室のスネアのレバーを ”オフ” にして叩いてみると、同じ音色がした。面白い!
それに、最後の打込みは何度聴いていても ”ズレ” についていけない。絶対飛び出しそうだなぁって先輩達と笑った。
自分の担当楽器である Trombone は全編に亘って大活躍だし、聴けば聴くほど演ってみたいなーって思いが、ぐぅぅぅーっと募ったことを思い出す-。
■楽曲概説
1960-70年代を代表する吹奏楽オリジナル屈指の名曲。邦訳タイトルとして「吹奏楽のための高貴なる楽章」もある。音楽之友社から日本版の譜面が発売されたこともあり、当該年代に吹奏楽に触れた方々には想い出深い作品であり、また憧れの楽曲でもあっただろう。私自身にとっても前述のように、強い憧憬の対象であった。
その当時、吹奏楽界では未だ Oboe の存在は希少であり、Oboe が極めて重要な役割を果たすこの曲は、敷居の高いものでもあった。それでも圧倒的な人気を誇ったことは、その魅力のほどを如実に物語る。
全日本吹奏楽コンクールでも1969年の阪急百貨店に始まり13回採り上げられているが、1977年の天理中から2011年の高知大まで実に34年のブランクがあった。
(譜面づら以上に演奏はなかなか難しく、必ずしもコンクール向きの曲ともいえないのである。)
作曲者ロバート・ジェイガーの公式HP(現在は閉鎖)には1965年の作曲と記載されていたが、1975年初来日時のインタビューにてジェイガー本人が実際には1962-1963年にかけて作曲したと明かしている。そして作曲当時婚約中であったルシル夫人に捧げられた作品であることも…。
(フルスコアに ” To J. L. J. ” との献辞があるが、J. L. J.とは Joan Lucille Jager の頭文字である。)
中間部のロマンティックで優美な旋律は、ルシル夫人も大変なお気に入りであるという。
そう、この「シンフォニア・ノビリッシマ」は、さまざまなアイディアが次々と現れ、ジェイガーの才能が随所に閃く作品なのだが、何といっても中間部に現れるこの ”渾身の” 名旋律こそが、その白眉である!
-婚約者に捧げられたとあれば、それも納得できるというものだ。
伝統的な序曲形式の中に、悉く魅力的な旋律と印象的なパッセージ更にはフーガをも盛り込んだこの優れた作品は、まさに時代を超えて愛されている、傑作中の傑作である。
「シンフォニア・ノビリッシマ」の後、ジェイガーは「交響曲(第1番)」「ダイアモンド・ヴァリエーション」「シンフォニエッタ」により ABA オストワルド作曲賞を3度受賞するなど、吹奏楽界に燦然と輝く作曲家として活躍していく。 ■楽曲解説 Andante fieramente ( fieramente:熱烈に、激しく) の序奏部で始まる。
重厚なサウンドで主要旋律が堂々と、そして標題通り高い品格をもって奏されるその瞬間から、楽曲に惹きこまれてしまう。ありがちな前奏などは敢えて排し ”いきなり” 主題をガツンと提示するアイディアは、却って大変斬新に感じられるものである。その主題の頂点で Allegro con brio に転じて華々しい響きを充満させ主部に突入、急-緩-急-コーダの典型的な序曲形式で楽曲は展開していく。
序奏部を締めくくる Timpani ソロも大変印象的な名パッセージであり、その後も随所にTimpani の効果的な使用が光り、吹奏楽オリジナル曲の中では傑出したものである。
続いて冒頭に提示された旋律が、今度は Clarinet の美しい音色で朗々と奏される。
以降、ソロも散りばめ各楽器の特質・音色を活かした非常に多彩で、ダイナミックな音楽となっていくのだ。
特に低音の起動から華やかに発展していく堂々たるフーガを配してさらに音楽を深化させていく手腕には舌を巻くしかない。
そのフーガを豪放なパッセージで締め括ると、すっと鎮まって Clarinet 群のシンコペーション伴奏を従え、ダイアモンドのようにキラキラと輝くOboe ソロ -
そしてそれを受けて凛々しく豪放にぶっ放す金管低音群とスネア・オフの Snare Drum のカウンター、さらに鮮烈さを極めた Trombone ソリと、息をつく間もないコントラストの連続で聴かせていくさまは、ジェイガーの溢れる才能を強烈に認識させられる。
これに怒涛の如く連なる緊迫した全合奏を経て、華麗で軽やかな Trumpet ソロそして Horn ソロが立て続けに現れると
次はそれがまた一転してエキサイティングなブリッジ…
コンパクトな楽曲中にこれほど多くの異なった表情を示され、あっという間に中間部へと誘われてしまう。
中間部 Andante への場面転換も、突然かつ極めてインパクトのあるブレイクとなっており
それを経て、ついにあの旋律が姿を現す。
ここでまた全く違う楽想、世界観に転じるのである。
清らかさ、気高さ、暖かさ、ロマンティックさ、感傷、想い出・・・現れた一つの旋律から与えられるイメージは本当に多様であり、それこそは如何に力のある旋律であるかの証左であろう。こんな旋律が生み出せただけでも、本当に素晴らしい。
続く Oboe ソロは、さらに切なさをプラスしてくる。
もう胸がいっぱいになってしまって、とても涙なしには聴けない!
そして再び中間部冒頭の旋律が高らかに歌い上げられると、今度は Horn(+ Alto Sax., Euphonium ) の劇的な対旋律が… ああー、何てことをしてくれるのか。ここまでやるか!
高揚した音楽は幅広い感動的な ”絶唱” となるが、そのまさに頂点で突然の Tempo Ⅰ という大胆さ。
最初の Snare Drum のリズムからしてビリビリとした緊張感を張り巡らせた音楽から、コンパクトな再現部となる。
テンションを高めたまま終局へと向かっていくが、ここでも前半同様 Timpani が極めて効果的に使われている。
終結部では壮大な Allargando を挟んだ後、Presto に突入し一気呵成に終幕となる。
最後は、打楽器のロールの上で前出楽句とはわざとパターンをずらした打ち込み。その効果によりきりりとした表情で、躊躇なく決然と締めくくる。
【参考資料】 楽曲研究「シンフォニア・ノビリッシマ」 汐澤 安彦
■推奨音源
「シンフォニア・ノビリッシマ」 の演奏にあたっては、テンポの変更を伴う場面転換がことごとく急であることを意識すべきである。決して躊躇うことなく、小気味よく転換していくことが肝要となる。特に、中間部 Andante の前では、Hornソリに ”non rit.” という明確な指示もあり、ベタな繋ぎは禁物である。
また、中間部 Andante から Tempo Ⅰに戻るのも唐突でなければならない。絶唱を極め、それでもまだ歌いたい、まだ言い足りないと心を残したまま、敢えて断ち切るようにして再現部へ -その”残心”が聴きたい。
それを際立たせるためにも、続く再現部はデジタルでストイックにコントロールされた、引き締まった演奏が求められるだろう。
そして各楽器の動き/役割も、ある時は表、それが瞬時に裏に回るなどこれも転換が実に早い。甘美な旋律を存分に聴かせる一方で、全編を通じシャープな感性による敏捷な ”切換” が重要となる楽曲なのである。
そのような観点から、私のお奨めする音源は次の2つとなる。
佐渡 裕cond. シエナウインドオーケストラ
大変メリハリを効かせているのに、隆々とした一本の音楽の流れが一瞬たりとも損なわれることのない名演。その小気味良さはあまりに快感。
特に、序奏部はこれぞ fieramente というべき演奏で、他の追随を許さない。唯一、中間部終わりの”残心”がもう少しだけ欲しかった!
(音楽的なまとまりへの配慮が行き届いたゆえのことだと判っているのだが…。)
秋山 和慶cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
オーケストラ的な明確な発奏とスッキリしたサウンド。
高い知性を感じさせる曲作りとともに、何といっても全編に漲る ”拮抗感” -そのテンションが素晴らしい。
高潔なその演奏は ” Nobilissima ” の語感を体現したともいえよう。
【その他の所有音源】
服部 省二cond. 海上自衛隊東京音楽隊
北原 幸男cond. 大阪市音楽団
渡邊 一正cond. 大阪市音楽団
加養 浩幸cond. 航空自衛隊西部航空音楽隊
上原 紘一cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
アントニン・キューネルcond. 武蔵野音大ウィンドアンサンブル [1977 Live]
ロバート・ジェイガーcond. 東京佼成ウインドオーケストラ [Live]
ウイリアム・ビンcond. カリフォルニア・ステート大学ウインドアンサンブル
大井 剛史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
現田 茂夫cond. NHK交響楽団 [吹奏楽編成・Live]
-Epilogue-
「シンフォニア・ノビリッシマ」ほど、この規模の楽曲の中に魅力が詰め込まれた吹奏楽作品はない。一方でジェイガーといえば「シンフォニア・ノビリッシマ」の演奏頻度が飛び抜けて高く、その他の秀作にはあまり目が向いていないように感じる。
ぜひもっと他の曲についても胸のすくような名演を世に出して、ジェイガー作品の魅力を再認識させてもらいたいと願う。
彼の楽曲はロマンティックで、何よりとにかくカッコ良くて…もっともっと演奏され楽しまれてほしいのだ。
<Originally Issued on 2009.1.27. / Revised on 2022.12.14. / Further Revised on 2023.11.1.>
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