Trittico Ⅰ. Allegro maestoso Ⅱ. Adagio Ⅲ. Allegro marcato
V.ネリベル Vacalav Nelhybel (1919 - 1996)
-Introduction-
私の世代は1970年代から吹奏楽に触れ親しむようになったわけだがその時代から、吹奏楽オリジナル曲の中でネリベルとマクベスの作品はどうにも「好き」「嫌い」がハッキリ分かれていた。どっぷりハマって大ファンになるか、初手から毛嫌いされて拒絶反応になるか、どっちかである。万人受けするリードやジェイガーとは良くも悪くも一線を画す存在であった。私はもちろん ”どっぷりハマった” クチであるが…。
そんなネリベル作品の中でも「交響的断章」「二つの交響的断章」「アンティフォナーレ」「フェスティーヴォ」等と比べると演奏機会が少ない「トリティコ」を実聴する機会は随分後になってしまった。-しかし一度耳にするや、たちまち私はこの曲の虜になってしまったのだ。
■トリティコとは
ベルギー / アントウェルペン(アントワープ)のノートルダム大聖堂
”Trittico” とは普遍的に 「三部作」 を意味するものでもあるが、最も一般的にこの言葉が指すものは、キリスト教会に見られる「三連祭壇画」のことである。
これは内容に関連性のある
3枚のパネル(板絵)が組み合わさってできたもので、貴重な名作が数多く遺されている。
キリスト教美術の初期から現れ、中世以降は祭壇画で最も標準的な形式となったとされ、題材としては祭壇に飾られるに相応しいもの- 即ちイエス・キリストのエピソードを描いたものが多い。
※上画像:サン・ジョヴェナーレ 三連祭壇画 Trittico di San Giovenale (1422年) マサッチオ (Masaccio 1401-1428)
そうした「三連祭壇画」の中でも、最も有名なものとしてルーベンス(Pieter Paul Rubens 1577-1640)の代表作「キリスト昇架」「キリスト降架」が挙げられる。
1610-1614年の間に続けて製作されたこの傑作は、ベルギー / アントウェルペン(アントワープ)のノートルダム大聖堂に所蔵されている。「祭壇画」において、従来にはない劇的さや感情の豊かさといったものを示したと評される。
何より、児童文学の名作「フランダースの犬」において、主人公・ネロ少年が ”一目見たい” と憧憬する絵として描かれていることで有名。
過酷で悲惨な運命を辿ったネロ少年だったが、最期にこの祭壇画を見るという夢だけは叶う。そして幸せな気持ちで愛犬パトラッシュと抱き合いつつ、ともに天に召されていくのである。
■作曲の経緯、作曲者による楽曲概括
ヴァーツラフ・ネリベルが1963年に作曲したこの「トリティコ」(別表記:トリチコ)も、まさに ”音楽による三連画” というべき作品である。
中央に配置された第2楽章の規模が大きく、それを取り巻く第1・3楽章がコンパクトなのも、三連祭壇画の構成と同一となっているのだ。ネリベルの吹奏楽作品としては3作目と初期のものであり、当時のシンフォニックバンドの雄・ミシガン大学シンフォニーバンドとその指揮者ウイリアム・レヴェリ博士のために作曲されている。
複雑で現代的な印象に惹きつけられる一方、実に堅固な骨格が通されており、随所に現れる独特のネリベル・サウンドとも相俟って、壮麗極まりない音楽を形成している。個性的な魅力に溢れた傑作である。
「第1楽章と第3楽章は幾つかの点で互いに関連性を持っており、曲の性格はいずれも輝かしく前進力に満ち、そして精力的なものである。
第1楽章の主要主題は第3楽章のクライマックスで再び登場するし、この2つの楽章においては、個々の楽器の使われ方に至るまでオーケストレーションも同一である。
第2楽章は荒れ狂う叙唱(レシタティーヴォ)と木管楽器の表情に富んだソロ、そしてこれらに区切りをつける金管低音と打楽器とによって描かれる、強力なコントラストの劇的な情景となっている。
この楽章の要は木管楽器群と金管低音群にあり、コルネットとトランペットはごく終盤に登場するに過ぎないが、そのフレーズは楽章を完結せしめる極めて熱情的なものだ。
その劇的性は、2セットのティンパニやピアノ、チェレスタにまで拡大された打楽器群の強力な使用により、さらに強調されている。」
-ネリベルによるプログラム・ノート
■楽曲解説
Ⅰ. Allegro maestoso
全合奏でズシリと楔を打ち込み、これに Horn のファンファーレ風楽句が続いて曲はスタートする。旋律の断片が応酬される導入部を経て、きりりと引き締まったドラムの刻むリズムとともに主題が Cornet + Trumpet に現れるが、
これは Horn そして金管低音へと繰り返され、聴くものの耳に「刷り込まれて」いく。
続いて、テンポを速めた展開部へ。パッセージはどれも極めてリズミックな譜割りであり、これがセクションごとに対峙的に演奏されていくので非常に現代的な印象を受けるが、それぞれがちゃんと「歌」になっているのが凄い。
実際に演奏してみると、決して単なるリズムの打ち込みではなく、ひとまとまりの楽句として「歌える」ものであることが判り、実に説得力がある。この「メロディアスな無機質」こそがネリベルの特長だと思う。
一旦テンポを緩め、Oboe ソリに始まる木管アンサンブルのファンタジックな部分を挟むが
ほどなく毅然とした表情に戻り、前進する生命感に満ちた強力な伴奏を従えて、主題が再提示される。
-この執拗な主題の繰り返しこそは、終楽章への伏線…。
最後は重厚な足取りのコーダとなり、輝かしいサウンドを充満させて締めくくる。
Ⅱ. Adagio
木管低音の凄みのあるアウフタクトに続き、2セットの Timpani をはじめとする打楽器アンサンブルに始まる。
これがダイナミックに高揚すると、強烈な金管低音の楽句が切り込んでくる。
楽章を通じモダンな即興性を感じさせる楽想で進行するが、実はキッチリと設計された音楽である。密やかな緊張が木管楽器のアジテートな動きをきっかけに増幅されていくさまには興奮を禁じ得ないし、またこれに続きカデンツァ風のAlto、Tenor、Baritone のサックスソロが次々と現れるのが印象深い。
終盤では Horn が吼えるレシタティーヴォと、
木管楽器の陰鬱な歌とが交互に現れコントラストを成し、ネリベルが自ら ”熱情的” と称した Trumpet の緊迫したフレーズにより、遂にクライマックスとなる。
そこからほどなく、終始黒々としたイメージだったこの楽章は、低音楽器と打楽器の一撃で断ち切られる。
Ⅲ. Allegro marcato
全曲の締め括りは Horn のグリッサンドに続き、金管群の快速で華やかな響きに始まる。
これを受ける木管群にはネリベルらしい中空に浮いた、クリスタルなサウンドが宿っている。
そして快速さをそのままに、木管楽器にフガート風の旋律が現れると次々に楽器が加わっていき、音勢と華やかさを増してゆく。
ベル・アップ※ した Horn(+Trumpet)が第3楽章冒頭の主題を拡大して高らかに奏し、放射状に高揚していくさまは劇的極まりない。
※”Bells in the air” の指示がある
ブレイクに続いてめまぐるしく動き回る木管をバックに、4拍ごとに打ち込まれる金管群の8分音符のコード(81~85小節)は実にエキゾチック!こうした響きは、ネリベルの作品以外では聴くことができないものだ。
そして遂に、金管低音に第1楽章の旋律が再現され、圧倒的な完結感をもたらすのである。
(第1楽章で旋律を執拗に繰り返し、聴き手に刷り込ませた意味がここで明らかになるのだ!)
3打の Timpani ソロから後は、音楽は火の玉のようにエネルギーを発散しながら突き進み、興奮の坩堝と化していく。混み合ったようでいて各パートの動きは確りと噛み合っており、華麗で鮮やかな印象だけが残る。これもまたネリベルの真骨頂であろう。
最後は第1楽章と同様重厚なコーダとなり、ポリフォニックなコードが轟き昂まりきったその頂点で、全合奏によるC音ユニゾンが響きわたり、堂々の終幕を迎える。
■推奨音源
フレデリック・フェネルcond.
ダラス・ウインド・シンフォニー
圧倒的名演!であり 「これぞ決定盤」 と云って差し支えない。
テンポや演出が極めて適切であり、非常にエキサイティングでダイナミック、そしてコントラストに優れた演奏。
何より、プレイヤー一人ひとりの音、バンド・サウンドともに密度が高く、それがネリベルの音楽が要求するものを満たしているということ。
聴き応えと爽快さとを兼ね備えた快演。
【その他の所有音源】
ウイリアム・バーツcond.
ラトガース・ウインド・アンサンブル
※右画像:祭壇三連画をフィーチャーしたラトガースWE盤
のCDジャケット
エドワード・ピーターセンcond. ワシントン・ウインズ
ハリー・バスcond.
キルヒハイム・ウンター・テック市民吹奏楽団
近藤 久敦cond. 尚美ウインド・オーケストラ
ティモシー・マーcond. セイント・オラフ吹奏楽団
ジョン・R・パスティンcond. アメリカ海軍軍楽隊
畠田 貴生cond. なにわオーケストラルウインズ(Live)
ウイリアム・レヴェリcond. ミシガン大学シンフォニーバンド
-Epilogue-
私の大好きなネリベルだが、そもそも全日本吹奏楽コンクール実況録音以外の録音は非常に少なかったし、今現在も未録音の楽曲は多い。もっとたくさんの作品を、カットのない完全版の好演をもっともっと聴きたい!
ネリベル生誕100年だった2019年には今や録音入手困難曲の代表格 「シンフォニック・レクイエム」をはじめ、ネリベル作品が多く演奏されたのだが…
”腰の入った” ネリベル作品集の登場を心から期待する。
<Originally Issued on 2009.11.7. / Revised on 2022.5.8. / Further Revised on 2023.11.9.>
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