top of page

ブラスオーケストラのための「行列幻想」

hassey-ikka8

更新日:2024年7月19日

Procession Fantasy

Ⅰ. 男の行列 Procession of Men  Ⅱ. 女の行列 Procession of Women

Ⅲ. そして男と女の行列 Thence Procession of Women and Men

    團 伊玖磨   Ikuma Dan  (1924-2001) 作曲

   時松 敏康  Toshiyasu Tokimatsu 編曲


                 1997年 ブリヂストン吹奏楽団久留米 東京公演での團 伊玖磨「行列幻想」自作指揮


-Introduction-

1977年-それは私が中学入学とともに吹奏楽部に入部し、Trombone を始めた年。

この年から幸運にも3年連続で吹奏楽コンクール西部(現九州)大会に進出できたことから、私はブリヂストン久留米の演奏した「行列幻想」にリアルタイムで接している。

「ブラスオーケストラのための行列幻想より”そして男と女の行列”」…プログラムに記された題名から、如何にもおどろおどろしい曲を想像していたのだが、実際にはとてもカッコ良く爽快でまた暖かな曲だったため、とても意外という印象を抱いたのを記憶している。


■楽曲概説

永く本邦楽壇の重鎮であった大作曲家であり、歌劇「夕鶴」や数々の管弦楽曲・室内楽・合唱作品、そして「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」などの童謡や映画音楽に至るまで幅広い作品を遺した 團 伊玖磨 による吹奏楽作品である。

團には吹奏楽にも少なからず作品があり、何といっても二代に亘り皇太子ご成婚を祝し、パレードにて使用された「祝典行進曲」「新・祝典行進曲」が圧倒的に有名である。 

この 「行列幻想」 は職場バンドの名門・ブリヂストン吹奏楽団久留米(当時の名称は「ブリヂストンタイヤ久留米工場吹奏楽団」)の委嘱によるもので1977年に作曲された。

同社創業家の姻戚にあたる團は、既に1955年にも「ブリヂストン・マーチ」を作曲している。

同1977年、ブリヂストン久留米はこの「行列幻想」第3楽章を自由曲に採り上げ全日本吹奏楽コンクールにて金賞受賞、その翌年も第1楽章を採り上げて全日本吹奏楽コンクールにて金賞受賞の栄誉に浴するのである。


■ブリヂストン久留米と小山卯三郎

「行列幻想」を委嘱した「ブリヂストン久留米」は (今もだが) 九州の誇る名バンドだった。

名匠・小山 卯三郎 ※ の指揮の下、優れたメンバーを揃えたこのバンドの演奏は次元の違うものであり、毎年コンクールで聴ける演奏がとても楽しみだった。また1977年までは西部(現九州) 吹奏楽コンクールにて出演バンドのパレードもあり、マーチングユニフォームに身を包んだこのバンドのカッコ良さは、少年だった私の記憶に灼きついている。


ブリヂストン久留米は1975年の全日本吹奏楽コンクールでは5年連続金賞によって招待演奏を披露し、そこでも聴衆の度肝を抜いた。

ムソルグスキー/ラヴェルの「展覧会の絵」より ”プロムナード” ”古城” を演奏したのだが、大真面目な ”プロムナード” に続いたのは、何と突如ドラムソロに始まりエレキベース・エレキギターの強烈なサウンドが響きわたるファンク・ロック版の ”古城”!

日下部 徳一郎の斬新なアレンジによるこの ”古城” はキーボード・ソロもフューチャーした実に ”ナウい”

演奏 (笑) だったのである。

 

そして数々の名演が遺された中で、小山=ブリヂストンの真骨頂といえば1979年-1980年に自由曲として演奏された、歌劇「ウインザーの陽気な女房たち」序曲(ニコライ)や 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲(グリンカ)あたりではないだろうか。


中高生時代の私に「これぞ大人の演奏」というものを聴かせていただいた。

”音楽的” を尽くし、落ち着いているのに愉しい!-小山 卯三郎という指揮者だからこそ生み出せた世界だったと思う。

 ※小山 卯三郎(おやま・うさぶろう 1903-1985)

  熊本県玉名市出身、1920年陸軍戸山学校入学の後、軍楽隊隊長や同校教官を歴任。終戦後は皇宮衛士総隊

  総楽隊長を務めたのちに帰郷。

  1958年ブリヂストンタイヤ久留米工場吹奏楽団常任指揮者に就任、同団を指揮し全日本吹奏楽コンクール

  出場16回(招待演奏及び1977年を含む)金賞受賞11回。

  「ステージで指揮をしながら死ねたら最高」と口にし、日々の生活でも食事が終わるとすぐに寝転んでは、

  指揮者用の楽譜を広げ、手を動かし、しばらくすると今度は大音量でクラシックの曲を聴く― というのが

  日課で、そのすべてが音楽を中心にした世界だったという。

  【出典】熊本県玉名市HP「指揮者・小山卯三郎さん~こころをつないだタクト~」 


■楽曲解説

「行列幻想」は小山 卯三郎率いるブリヂストン久留米の名演とともにこの世に現れた。

全編を通じ、人間的な暖かさとノスタルジーに満ちた曲想であり、”華美さ” とは一線を画しつつ、心に残る旋律と提示される活力が印象的な作品となっている。

 

「行進曲には、いろいろな行進曲がある。今回の作品については、少し変わった行進曲を書きたいと思った。人間の行列を “男”、“女”、“そして男と女” の3楽章から組み立ててみた。

第1楽章は力強く、第2楽章は優美に、そして第3楽章は力強く演奏してほしい。優れたブリヂストン・タイヤ吹奏楽団のために作曲するのは幸福だった。全体としては明るい曲になるように努めた。」               初演プログラムに寄せた團 伊玖磨コメント)

 

本作の委嘱を受けた作曲者の念頭には、吹奏楽の本流たる「行進曲」があったことが判る。

「行列幻想」は夫々に性格の異なる3つの楽章から成る曲だが、このことを認識しておくと全曲の統一感や、第3楽章に1・2楽章も集約されている構成が理解でき、楽曲全体の纏まりを具現化できるであろう。

 

 ※尚、この「行列幻想」の吹奏楽オーケストレーションは時松 敏康が担当した。時松は1951年に警視庁に

  入り、1955年より警視庁音楽隊にてフルート奏者として活躍するとともにアレンジャーとしての活躍も

  目覚ましく1991年に同音楽隊副隊長を以って退官した人物である。

  團は前年(1976年)に東京吹奏楽団の委嘱により「吹奏楽のための奏鳴曲(ソナタ)」を作曲したが、この

  時から時松に吹奏楽オーケストレーションを任せている。「奏鳴曲」オーケストレーションの最初の部

  分を見ただけで、團は時松に全幅の信頼を寄せたとのことである。

   【出典】東京吹奏楽団HP 2007年クリスマスコンサート曲目解説


それでは楽曲の具体的な内容に触れていこう。作曲者コメント(「 」)も参照されたい。


Ⅰ. 男の行列

「第1楽章は、やや無骨で古風なリズムにのって男性的なテーマが装飾を従えて現れ、クライマックスに向かっていきます。」

中間部にフーガを配した三部形式から成り、大らかさと郷愁とで聴くものを包み込む楽曲である。

鷹揚なリズムに乗って悠然と木管楽器が第1主題を歌い出し開始されるが、楽章を通じて終始落ち着きのある音楽だ。作曲者から ”力強く演奏してほしい” との指示があり大いに盛り上がるのだが、それに続いて Sax.セクションに現れる第2主題は柔和で、一層包容力に溢れた抒情的なものである。


こうした旋律同士の対比、或いは中間部と前・後半部との対比が楽曲に奥行きを与えている。

クライマックスでは Tom‐toms のユーモラスなリズムとともに、金管中低音が男性的な旋律を楽しげに奏でる。


冒頭を再現した後に鎮まって、Clarinet、Oboe、Fagotto、Picolo+Fluteと次々に旋律の受け継がれるフガートとなる。ここでの印象は深まっていく郷愁に他ならないだろう。


徐々に目覚めて行くが如きブリッジを経て冒頭を呼び戻し、弛みない歩みを再現して楽章を終う。


Ⅱ. 女の行列

「第2楽章は1楽章にくらべてはるかに柔らかい、衣装を風になびかせる女性たちの踊りにも似た行進曲です。美しいばかりでなく、憂愁を秘めた心の歌が聴こえます。」


木管、続いてHornが加わり室内楽的な響きで開始される大変優美な楽章。

ここでは所謂行進曲的なビートは一切聴かれることがなく、作曲者コメント通り寧ろたおやかな ”舞” をイメージさせる音楽である。従って第1楽章とは性格の異なるものなのだが、この楽章にも大きな包容力が感じられる点が共通しているのは興味深い。慎ましさや愁いも湛えた最初の主題に続き、今度は Flute による優しく希望に満ちた上向系の旋律が現れる。

更に Sax. によるロマンチックなパッセージを挟んだのち、再びこの上向系の旋律がクライマックスで用いられると、そこでは更に逞しさも備えるのである。

この楽章の ”慎ましさ” ”美しさ” ”優しさ” に ”逞しさ” をも加えた包容力が示すのは、やはり愛情溢れる「母」のイメージということになるだろうか。

冒頭の主題が Oboe ソロに戻り、上向系の主題のモチーフが穏やかに反復され美しく静まり、曲を閉じる。


Ⅲ. そして男と女の行列

「第3楽章は1と2の要素をさまざまに組み合わせて、男女によって支えられる理想的世界を華々しく描きます。」

独特の個性を放つファンファーレに始まる。どこか日本的な雰囲気を醸し、高い品格を感じさせるファンファーレなのである。特に3連符を基調とした Horn のカウンターが実にカッコよく、冒頭から聴く者の心を躍らせる。

 

6/8拍子に転じ、カスタネットも参じるタランテラ風の主部に入ると、活気あふれる第1主題を木管が歌い出す。

繰り返されるこの主題にオブリガートが絡んでくると、一層リズミックな音楽となっていくのである。


そして6/8拍子で変奏される ”男の行列” の主題を挟んで2/4拍子に転じ、テュッティでエネルギッシュな第2主題が現れる。

 

これが更に繰り返されたのち、第1主題に回帰していく。



















冒頭のファンファーレが再現されて緊張とテンポを緩ませるブリッジとなり、”女の行列” の旋律が奏される中間部へ。その幻想的な雰囲気が徐々に高揚して、中低音が朗々と奏する憂愁の旋律でクライマックスを迎える。

ここではそのパワフルで情緒的な旋律に、木管楽器のトリルの刻むリズムが絡み立体的な音楽となって、強い印象を残すだろう。

生命感を発散する低音の三連符による伴奏に乗った Flugelhorn が吹き鳴らす合図を受けてテンポを戻し、再び行進が始まる。


昂ぶる音楽はやがて堂々たるそして荘重なグランドマーチとなって終局へ。

三度 (みたび) 現れたファンファーレに続き、最後は Prestissimo で一気に駆け抜け全曲を締めくくる。


■推奨音源

金 洪才cond. 東京佼成ウインドオーケストラ

大らかで情緒にあふれ、明朗だが品を失わない

-この作品の美点をきちんと押さえた好演。










-Epilogue-

演奏機会の少ない曲であるが、忘れ去られるのはあまりに惜しい。

多様性が尊重される昨今、近年の吹奏楽曲とはまた違うこうした曲の深い ”味わい” も大切にしたいものだ。包含された日本的で上品な情緒に、実に得難いものがあるのである。

 

 

                   <Originally Issued on 2017.2.21. / Revised on 2023.11.12.>


閲覧数:228回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page