Prelude and Dance op.76 Paul Creston (1906-1985 )
-Introduction-

ポール・クレストンの作品は、抜きんでて個性的である。
吹奏楽なら「ザノーニ」「祝典序曲」「アルトサクソフォン協奏曲」そしてこの「プレリュードとダンス」が代表作と云えると思うが、他の吹奏楽曲や管弦楽曲においても、クレストン作品はその響きの持つ独特の色合いや特徴的なリズムの使用などにより、強烈な個性を放っている。
-そして、私もその ”個性” の虜となった一人なのである
※Paul Creston & Lawrence University Band : Appleton, Wisconsin, March 4-8, 1981
■作曲者

ポール・クレストン (本名はジュゼッペ・グットヴェッジョ
Giuseppe Guttoveggio といい、”ポール・クレストン” というのは作曲者としてのペンネーム) はイタリア系移民の貧しい家庭に育った。
ピアノとオルガンこそ正規の音楽教育を受け教会のオルガン奏者も務めたが、作曲は全くの独学。
ヘンリー・カウエル (Henry Cowell) そしてアーロン・コープランド (Aaron Copland) に評価されて奨学金を受け、作曲家への道を本格的に踏み出したのは、既に32歳になってからだったという。
サウンドや使用するリズムパターンに独特の個性があり、作風はジャンルを越えて共通している感がある。管弦楽曲では管楽器を多用、吹奏楽のような響きを持った曲も少なくない。
また2つの部分から成る楽曲(「呪文と踊り」「牧歌とタランテラ」など)を好んで作曲したが、本作品もまさに ”2つの部分から成って” いる。
中でもクレストンは「プレリュードとダンス」という名の楽曲を、吹奏楽曲であるこのop.76 のほかに4つも遺している。それらはそれぞれ管弦楽 (op.25) 、ピアノ独奏 (op.29)、アコーディオン独奏 (op.69)、2台のピアノ (op.120) のために作曲されたもので、広いジャンルに亘っている。

クレストンは作曲技法におけるリズムの権威書である「リズムの原理」※ を著してさまざまな楽曲に使用されたリズム手法を分析
・整理しており、これは邦訳も出版されている。
そこに述べられたさまざまな手法を駆使し、独特な個性を持つ作品を創り上げているのである。
※「リズムの原理」 ポール・クレストン 著 / 中川 弘一郎 訳(音楽之友社)
■楽曲概説
1959年に作曲された吹奏楽オリジナルの傑作である.。
エキゾティックな旋律に幽玄な響きが大変印象的な ”プレリュード” と個性的でエキサイティングなリズムと息の長い旋律が同時進行し立体的な音楽を成す ”ダンス” とのコントラストが素晴らしい。またAlto Sax. をはじめヴィルトゥーゾの求められる魅力的なソロも随所に登場し、楽曲の魅力を一層深いものとしている。
「この作品番号76の ”プレリュードとダンス” において、プレリュードの部分は42小節と短い。この ”前奏曲” はゆったりと、そして荘厳かつ雄弁に開始されるが、これに Oboe の優美で抒情的な楽句が割って入り、Alto Sax. のソロへと受け継がれる。そしてそこから徐々に朗々と高揚して冒頭の荘厳さや雄弁さを築き直し、ダンスへと導いていく。
”ダンス“ではまさにそのタイトル通り、リズムの要素が強調される。しかしながら初めから終わりまで、旋律や和声における多様さも犠牲にすることはない。陽気だったり、朗らかだったり、柔らかだったり、劇的であったりと雰囲気は多彩であるが、それでいて勝利に満ちた終局へと絶え間なく進み、決して妨げられることはないのである。」
-クレストン監修による作品集 (LP) 所載の解説より
■楽曲解説

木管楽器の厳かで迫力に満ちたユニゾンによって開始され、これに金管・打楽器が決然と応答する、実にインパクトの鮮烈なオープニングである。
旋律線の独特さ、カウンターとして刻まれるリズムの足取り、そして異様に黒々としたサウンドと、この冒頭からして放たれる個性は並々ならぬ、痛烈なものとなっている。
劇的に流れ出した音楽は一旦静まって繊細な Oboe ソロへと移り、優美なAlto Sax. ソロへと連なる。このソロの ”色艶” は洵に絶品である。

これに続き金管・打楽器の激しい打ち込みとともに木管の全合奏で旋律が繰り返され、緊迫を強めて最高潮に達するのだが、その瞬間には一転して暖かく密度の濃い響きに包まれる。
-これもまたクレストンならではのサウンドだ。
Trumpet と Horn に始まり徐々に厚くそして音域を上げていく際どいブリッジが全合奏のfpクレシェンドに収斂し、Allegro の烈しく弾む ”舞曲” へと突入する。Sax. 群の紡ぐリズムパターンとサウンドの色彩は個性に満ちており、それに乗って Clarinet に現れるリズミックな旋律がまた実に印象的。

そしてこれを受け継ぐAlto Sax. ソロこそは全曲の白眉!

縦横無尽にめまぐるしく、また奔放に ”踊りまくる” さまがまさに聴きものである。

旋律の合間に挿入されたシンコペーションを効かせた諧謔的な応答も非常にセンスがよく、やがて金管中低音によって雄々しい旋律が高らかに奏でられ、高揚していく。

一旦鎮まって Trumpet + Suspended Cymbal による特徴的なリズムを従え、Euphonium ソロが息の長い旋律を歌いだす。

この Euphonium の奏でた旋律は、木管群-Oboe ソロ-Sax. ソリ-Trumpet ソリへと朗々と、そして徐々に華やかさを増して受け継がれていく。ポリリズム的な面白さに加えてオブリガートも鮮やかであり、多彩な音色の展開に魅了されてしまう。
打楽器も加わりダイナミクスとスケールを拡大し一層エキサイティングにダンスが展開された後、いよいよテンポを落として重厚なエンディングを迎える。
鮮烈なドラの響きとともに、壮麗さを極めたサウンドが轟いて全曲を締めくくるのである。
■推奨音源
この曲は1970年に関西学院大学が、そして1980年には近畿大学が全日本吹奏楽コンクールで採上げいずれも金賞を獲得しているが、永らく本邦ではこれらの実況録音以外に音源の存在しない楽曲であった。残念ながらどちらも大きなカットもあり、楽曲の全容とその魅力を伝えきるものとは云えなかっただろう。
近年、録音が増えてきて再評価の動きがあることは大変喜ばしい。

私にとって現時点での ”決定盤” は、入手が非常に困難 (但しYoutubeでの視聴は可能) ながら
ウイリアム・レヴェリcond.
ミシガン大学シンフォニーバンド
( LP集 ”The Revelli Years” Vol.4収録 )
としたい。
緊迫のプレリュード冒頭から躊躇のない音楽の足取りが見事であり、Alto Sax.のソロも実に艶やかで、積極的な表現が堪らない!
そして何といってもダンスに入ってからの生命感あふれるエキサイティングさは、他の追随を許さず文字通り抜群である。
極めて快速なテンポ設定だが、決して荒れることなく楽曲に秘められたエネルギーをうまく引き出している。まさにこの曲の真価を発揮した演奏と云えるだろう。BRAVO!
尚、入手しやすい推奨音源として以下2つを挙げておきたい。

福本 信太郎cond.ウインドアンサンブル奏
サウンド面の充実は特筆もの、クレストン独特のエキゾティックな響きが楽しめる。

ローウェル・グレイアムcond.
アメリカ空軍コンバット・コマンド
”ヘリテージ・オブ・アメリカ” バンド
iTunesなどの音楽配信サイトで購入可能。シュアーな演奏でコントラストにも富む。
【その他の所有音源】
渡邊 一正cond. 東京フィルハーモニー管弦楽団員による吹奏楽団
モーリス・スティスcond. コーネル大学ウインドアンサンブル
川瀬 賢太郎cond. 九州管楽合奏団(Live)
ロバート・レヴィーcond. ローレンス大学ウインドアンサンブル
ルイス・バックリーcond. アメリカ沿岸警備隊バンド
-Epilogue-
「プレリュードとダンス」は、作曲から半世紀以上が経過しているのにもかかわらず、何とも非常に斬新に聴こえる作品である。
形式・手法は寧ろ保守的だが、どの作曲家とも異なる個性が眩しい。-そこには吹奏楽の機能を存分に発揮した、強靭な ”クレストン・ワールド” が存在しているのだ。
<Originally Issued on 2006.6.13. / Overall Revised on 2015.3.20. / Further Revised on 2024.1.4.>
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