Manatee Lyric Overture R. シェルドン Robert Sheldon (1954- )
-Introduction-

瑞々しく、爽やかな印象の素敵な序曲である。美しい旋律とコントラストに富んだ構成、快活な曲想はコンサートの開幕を飾るに好適だ。
要求する演奏技術のレベルは抑えながらも、音楽としての魅力を充分に発散しているのは作曲者シェルドンならではと云えよう。
※左画像:アメリカマナティーの親子
■作曲者

ロバート・シェルドンは米国フロリダ州を拠点に音楽教育に永年注力してきた人物だが、吹奏楽界に非常に多くの愛すべき楽曲を提供しており(作曲者HPには200曲をゆうに超える作品がリストアップされている)、その活躍は既に
”全米”どころか国際的なものとなっている。
「フォール・リヴァー序曲」「ダンス・セレスティアーレ」「メトロプレックス」「ロングフォードの伝説」「飛行の幻想」などが代表作として挙げられるが、明快で演奏効果が高く(”演奏効果が高い”とは聴き手への訴求力が強く、キャッチーということである)、かつモダンな曲想を備えた作品ばかり。-多作なのに”ハズレ”のないその手腕は刮目すべきものだ。
私もシェルドンの作品はどれも大好き!接するたびに、演奏技術的にも音楽的にも ”無理” がないことや、それでいて楽曲ごとにアイディア・創意工夫というものが確りと盛り込まれていることが感じられて、嬉しくなってしまう。
■曲名の背景
マナティー・リリック序曲はそんなシェルドンの名声を確立した作品で、フロリダ半島メキシコ湾岸に位置するフロリダ州マナティー郡のシヴィック・センター※ の落成を祝い、1985年に委嘱作曲されている。
※現在の正式名称は Bradenton Area Convention Center。 2012年にリノベーションされ Manatee Civic Center
から名称変更されている。4,000席を擁する多目的アリーナとコンヴェンション・センターを持ち、かつて
はバスケットチーム(Florida Stingers)、及びインドア・アメフトチーム(Florida Scorpions)の本拠地と
もなっていた。

フロリダ州マナティー郡のその名は、フロリダ州の河口から沿岸に分布するアメリカマナティー(人魚のモデルとも云われる海獣「マナティー」の中でも最大種のもの)に因んだものとのことだが、この曲自体は海獣の「マナティー」と直接関係なく、標題音楽としての意味はまずない。
それでも、まさに抒情的(リリック)でロマンティックな曲想から、この曲を聴いてフロリダの美しい自然、そしてそこで悠々と暮らすマナティーたちの姿を想起したとしても、決しておかしくはないであろう。
■楽曲解説
構成は明快であり、急-緩-急-コーダの典型的な序曲形式に成る。

Con spirito(4/4拍子、♩=144-160)のビート感にあふれた快活な序奏から、Trumpet &Trombone がユニゾンで主題を提示して開始する。華やかな音色でリズムを刻むXylophoneをはじめとした打楽器の活躍と、Horn(+Tenor Sax. )の実に効果的なカウンターには、思わず胸が躍ってしまう。この旋律は木管に受け継がれ、スピード感は維持しつつもこの上なくしっとりと歌われる。

続いてシンコペーションのモダンなリズムを奏でる金管群の鮮やかなファンファーレ風楽句でダイナミクスを拡大、そこからさらに視界が開けて爽快なサウンドが響きわたるさまは、実に印象的である。
3本の Trumpet による印象的なハーモニーに導かれて安寧なブリッジ(Gently ♩=72)となり、いよいよ中間部(3/4拍子、Moderato ♩=92)に入って Trumpet ソロが現れる。
…このソロが何ともいえず、いい!

この中間部では、旋律の抒情性がファンタジックなサウンドに包まれて、ますます深められていくさまが堪能できる。そしてその抒情性は寄せては返す波の如く、音楽的に抑揚を付されて聴く者に迫ってくるのである。
チャイムが穏やかに打ち鳴らされ、ややテンポを上げた(Andante♩=120)ブリッジへ。音楽が徐々に徐々に遠くから近づいてきてスケールを拡大し、遂にはじけるその瞬間はまさに ”スプラッシュ!”
瑞々しい曲想が戻ってくると、ほどなく金管群が朗々と中間部の旋律を呼び戻す(3/2拍子)。ここで快速部のリズムをスネアが刻み、ポリリズムとなっていることも見逃せない。

これに続いて冒頭が再現され、最後は堂々とした足取りのコーダとなって低音部が朗々と旋律を奏で、曲を締めくくる。

まさに明快、爽快! 聴後感の良さは洵に申し分ない。
■推奨音源

汐澤 安彦cond.
東京アカデミック・ウインドオーケストラ
終始よくまとまったサウンドで演奏され、フレーズのつながりも音楽的。
スネアにもう少し明晰さがほしかったが…。 ( 録音のせいだろうか?)

フレデリック・フェネルcond.
東京佼成ウインドオーケストラ
場面ごとのコントラストが鮮やかで、切り替えも早い。生気にあふれた演奏である。
フェネルの優れた演出はこうした小品でも見事に活きている。
【その他の所有音源】
汐澤 安彦cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
エドワード・ピーターセンcond. ワシントン・ウインズ
木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
-Epilogue- 私の所属した大学の吹奏楽団には全くの初心者も結構いた。2年後輩で Trumpet の I 君もそうした初心者部員の一人である。
中高生のクラブとは違い毎日毎日練習する楽団でもなかったから、半ば強制的に上手になっていったり、吹奏楽にのめりこまされるわけではない。中学から Trombone を抱え馬鹿みたいに熱中してきた私には、大学から初心者で楽器を始める人たちが、いったい楽器や音楽に対してどのように感じ、どのような想いを持っているのか、想像が及ばないでいたのだった。だから、上達に苦労していた I 君が「買っちゃいました~。」とBach (しかもSilver ! ) のTrumpet を持ってきた時には、率直にほぉーっと驚いたのである。
そして同時に、彼の中で楽器そして我がバンドというものが、それなりの位置を占めていることが判って、同好の士としてとてもうれしく思ったものだ。
そして彼らが幹部の年、OBとなって定期演奏会のリハーサル(当時は大阪勤務で、本番には来られなかったので…)を見に訪れた私は、とにかく感動した。
-なんと I 君が「マナティー・リリック序曲」のあのソロを、堂々と吹いていたのである!
休憩時間に入り、I 君に「やったな、立派だぞ!」と声を掛けると、彼は満面の笑みを浮かべて「ありがとうございます、何とかソロをやれるまでになりました!続けてて良かったっす。」と語ってくれた。
( そもそも彼はとってもいいヤツで、童顔に浮かぶ笑顔が抜群に可愛い男だった。^^)
音域的にも無理のないこのソロは、大学から初心者で楽器を始めた彼にとって好適だったわけだが、彼の同期たちがこの曲を選び、I 君にソロを吹かせようとした- の想いが即座に判って、私にもまたうれしさがこみ上げてきた。それに応え準備をしてきた I 君の姿も想像でき、そこがまた良かった。
これぞ、アマチュアが音楽をやることの醍醐味だよなあ、と実に感慨深い。
I 君にとっても「マナティー・リリック序曲」は、きっと一生の思い出の曲になってくれただろうと思うのである。
<Originally Issued on 2011.3.20. / Revised on 2022.5.26. / Further Revised on 2023.11.19.>
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