Leetonia Overture
ハロルド・L・ワルタース Harold Lawrence Walters (1918-1984)
-Introduction- 今となってはまさに ”レトロ” な用紙と印刷-私と同世代かそれ以上の年代の吹奏楽経験者だと、そんな Rubank 社の (或いは日本版=共同音楽出版社の) 譜面の数々にお世話になった方も多いことと思う。
■作曲者ワルタース:吹奏楽隆盛の礎を築いた功労者
「リートニア序曲」(1957年) の作曲者ハロルド・ワルタース※ はアメリカ海軍軍楽隊のテューバ奏者・アレンジャーを経て自立し、後にこの Rubank 社専属となった作編曲家で、送り出した楽曲は1,500曲にのぼるともいわれる。
左画像:アメリカ第5陸軍バンドとレコーディング中のワルタース
その盟友ポール・ヨーダー (Paul van Buskirik Yodar 1908-1990) とともに1950-1970年代の吹奏楽レパートリーを支え、現在の吹奏楽隆盛の礎を築いた功労者の一人であり、その作品は本邦でも広く演奏された。
技術的には平易でかつ安定感のあるサウンドを持ち明快なその音楽は、常に教育的見地に立ったものと云えるが音楽の本質に適ったものばかりであり、聴いていてもとても愉しい。
※英語の発音としては ”ハロルド・ウォルターズ” あたりが適当と思われるが、本稿では永く慣れ親しまれた ”ワルタース” を採用している。本邦では ”ワルターズ” ”ワルター”といった表記も見られる。
「ジャマイカ民謡組曲」「日本民謡組曲」「マリアッチ」「西部の人々」「コパカバーナ」「ジャングルマジック」「フーテナニー」「インスタント・コンサート」 …ワルタースはアメリカのみならず全世界の民謡やリズムを吹奏楽曲に取り入れており、実にヴァラエティに富む。
そこにはワルタース自身の幅広い音楽的興味とともに、おそらく”若い奏者たちをさまざまな地域のそれぞれ個性ある音楽に触れさせたい”という思いがあったに違いない。
■曲名の背景
作曲の経緯等を詳しく示す資料は見当たらない。
「リートニア」という曲名について、かつては「ギリシャ神話に由来するのではないか」との説もあったが、実際にはアメリカのオハイオ州コロンビアナ郡にあるリートニア村(標題に同じ Leetonia )と関係していると考えるのが自然である。おそらくワルタースはリートニア村自体、或いはこの村で活動するバンドから作曲委嘱を受けたのであろう。
リートニア村は北アメリカ ”五大湖” の一つであるエリー湖に接し、北側にカナダを望むオハイオ州-その東北部に位置し、南北戦争直後の1869年に創設されている。史跡と自然に恵まれた、人口1,800人強(2020年時点)ほどの村だそうである。
”リートニア”とはかつてかの地にあった製鉄・製炭会社の社名であり、リートニア村は同社の企業城下町としての歴史を持つ。この社名は創業者の名に因んだものとのこと。
※リートニア村HP:https://www.leetonia.org/history
■楽曲解説
「リートニア序曲」はワルタースの作品中、最もがっちりとした骨格と充実したバンド・サウンドを持つ楽曲で、彼の代表作の一つと云える。形式・手法とも常套的だが、優美さ溌剌さといった豊かな表情を持つ旋律を備えており、且つ確りとした聴かせどころを有した佳曲である。
スケールの大きな Maestoso の序奏に始まり、直ぐに Allegro con brio の主部- Euphonium (+木管低音)と Cornet とが掛け合う真摯な表情の第一主題が現れる。
これが2度繰返されると、長調に転じ快活で勇壮な低音群の主題に引き継がれ、前半のクライマックスとなる。
そしてこれに続く中間部のワルツがとても愛らしく、美しい!
Clarinet 低音の豊かな音色を巧みに活かしており、このことは Clarinet が伴奏に回った途端に一層強く感じられる。
夢見るようなワルツが終わり再び険しい表情を挟むと、今度は憂いに満ちた旋律が木管楽器に現れ、Euphonium ( + Tenor Sax., Fagotto ) の対旋律とともに存分に歌う。
この旋律が長調に転じ金管群によって高らかに奏され、遂に全曲のクライマックスへ。
いよいよサウンドに濃厚さを増し、堂々たる足取りのコーダで曲を閉じる。
■推奨音源
朝比奈 隆cond. 大阪市音楽団
明確な構成を表しメリハリが効いた好演で、各楽器の音色配置や場面場面での表情の変化なども丁寧に表現されている。
この曲の録音は極めて少ないが、このような秀演が残されたことは本当にありがたい。
【その他の所有音源】
山田 一雄cond. 東京吹奏楽団
■ワルタース他作品とその録音
当時あれほど愛されたワルタースの作品だが、その数の多さとはうらはらに、録音は非常に少ない。その希少な録音の中で、代表的なものにも触れておこう。
ハロルド・ワルタース & B. G. クックcond.
アメリカ第5陸軍バンド
本人の吹奏楽作編曲家生活25周年を記念した ”ワルタース作品集” ( LPレコード )。
「マリアッチ」「日本民謡組曲」「ジャマイカ民謡組曲」「リングマスター・マーチ」の自作自演を含む、全11作品を収録。
指揮者不詳 ザ・グレート・アメリカン・メインストリート・バンド
”サーカス音楽の100年”と題されたこのアルバムには「コパカバーナ」を収録。これはサンバのリズムによる愉快な小品で、サーカスでのジャグリングを想起させる楽曲。
この他にもサーカス音楽を多数収録しているが、”サーカス音楽” もまた吹奏楽の一形態だったことを、改めて感じさせる一枚。
成田 俊太郎cond. 航空自衛隊南西航空音楽隊
おそらくワルタース最大のヒット作である「インスタント・コンサート」を収録。
本作はクラシックの名曲から民謡から、さまざまな30曲※ を3分間にとにかく詰め込んだもので、くるくると目まぐるしく曲が変わるそのさま=音楽的ユーモアには脱帽。
※「インスタント・コンサート」に登場する30曲は下掲の通り
山田 一雄cond. 東京吹奏楽団
過去LP3枚で発売されていた音源を復刻CD化!「西部の人々」「ジャマイカ民謡組曲」「リートニア序曲」「フーテナニー」※の4曲を1度に聴くことができる。
※「フーテナニー」に登場する楽曲は下掲の通り
-Epilogue-
私が吹奏楽に=音楽に初めて触れた1970年代のあの頃、吹奏楽部の部室に備えてあったワルタースの作品は、ヨーダーの作品 (例えば ”Dry Bones” とか) や、兼田 敏によるYBSブラウン/グリーンシリーズ ( ”ピクニック” ”草競馬” など) と並んで、まさに奏者たちが演奏を楽しむためのものだったと思う。
もちろん行事で用いたり、曲によってはコンクールで演奏されるものもあったのだが、それ以上に奏者自身が ”棚から一掴み” 的に「今日は、これ演ってみっかー!」というノリで取り組む位置付けの楽曲でもあったと思うのだ。
-あれは、ある意味で最も音楽的な活動だったのかもしれない。
<Originally Issued on 2011.5.22. / Revised on 2022.6.23. / Further Revised on 2023.11.24.>
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