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交響詩「スパルタクス」

更新日:23 時間前

Spartacus  - Symphonic Tone Poem

J. ヴァン=デル=ロースト  Jan Van der Roost  (1956- )


                                      映画「スパルタカス」(1960年)より

-Introduction-

ヤン・ヴァン=デル=ローストは、「アルセナール」「カンタベリー・コラール」「プスタ」「フラッシング・ウインズ」「モンタニャールの歌」「いにしえの時から」「オスティナーティ」などの傑作を世に送り出しているベルギーの人気作曲家である。ダイナミックでロマンティック、骨太なサウンドと堅牢な構成の作品には定評がある彼の出世作こそが、この交響詩「スパルタクス」 (1988年) だ。

スコアには「ローマ三部作」で知られるオットリーノ・レスピーギへのオマージュと記され、レスピーギの作風と共通した輝かしくゴージャスでスケールの大きな曲想となっている。また別の観点からは、かなり映画音楽的な要素を 備えた華々しさとメリハリの効いた楽曲と云える。


標題にあるスパルタクス(Spartacus 別表記 スパルタカスとは紀元前1世紀に古代の共和政ローマに反旗を翻し大変な脅威となった第三次奴隷戦争の指導者だ。本作はこのスパルタクスという英雄とその闘いを写実的に描くものである。


 ※Spartacusの邦訳表記は現在「スパルタクス」が一般的であり、本稿もこれを採用しているが、1960年公開の

  アメリカ映画は「スパルタカス」の表記となっているため、同映画の題名と関連のみ「スパルタカス」と表記

  している。

 

 ※尚、「スパルタクス」を題材にした音楽としては何といってもアラム・ハチャトゥリアンのバレエ音楽「スパ

  ルタクス」が高名であり(但しこのバレエは史実からはやや離れた脚色が成されている)、吹奏楽で はドナル

  ド・ハンスバーガーの名編曲による”スリー・ダンス・エピソード”がよく演奏される。

  また映画「スパルタカス」の主題曲はハリウッドの名作曲家アレックス・ノース(Alex North 1910-1991)が

  担当した。ビル・エヴァンス(Bill Evans)のジャズピアノによる ”Love Theme from Spartacus” の演奏が高名

  であるほか、ジョン・カカヴァスの編曲によって吹奏楽でも演奏されている。


■「スパルタクス」とは

「スパルタクス」 の名は ”プルタルコス英雄伝” ※1 の クラッスス (Marcus Licinius Crassus BC115頃-BC53)※2の項に登場する。まずは ”プルタルコス英雄伝” の記述も参照しつつ、スパルタクスをめぐる史実を押さえておこう。

 

 ※1 プルタルコス英雄伝 ([英] プルターク英雄伝)

    「対比列伝」とも呼ばれる古代ギリシア・ローマの英雄伝。帝政ローマ初期のギリシア人著述家プルタル

    コス(Plutarchus 46-127)の執筆したもので、単独伝記4篇と古代ギリシア・ローマの英雄を対比して

    描いた22篇から成る。

    文学作品としてのみでなく史料としても取り扱われており、かのシェイクスピアによるローマ史劇も この「プルタルコス英雄伝」を下敷きにしているとされる。

(尚、スパルタクスに関する記述は2世紀の史家アッピアノス(Appianos 生没年不詳)の「内乱記」にも あり、プルタルコス英雄伝と違った史実も遺されている。)

 

 ※2 クラッススは共和政ローマ時代の英雄であり第1回三頭政治を行った、と云えば学校の世界史の授業を思 い出される方も多いだろう。クラッススはローマを脅かしたスパルタクスを討ち取って第三次奴隷戦争を

    終結させ、その功績から翌年に政敵ポンペイウスとともに共和政ローマの最高職であるコンスル (執政官)

    に選出されるのである。


✔第三次奴隷戦争(スパルタクスの乱)

紀元前73-紀元前71年にかけてイタリア半島で発生した奴隷の蜂起とそれを鎮圧しようとするローマ軍との戦争であり、3度に亘る共和政ローマ期の奴隷戦争で最大のものである。

発端はカプア (ローマにアッピア街道で繋がる南東の街) でバティアトゥスなる者が運営する剣闘士養成所から剣闘士奴隷78人が逃亡を謀ったもの。

当初台所の包丁や焼串を手に養成所を飛び出した剣闘士奴隷は、途上で剣闘士用武器を運ぶ車を襲い武器を奪って武装し、ローマ軍を次々と撃破し勝つたびに相手の武器を奪ってさらに強化していった。

スパルタクスの率いるこの奴隷軍は進撃とともに他の奴隷を解放して仲間に加え、全盛期には12-20万人に達していたとも云われる。スパルタクス軍は当時権勢を誇ったローマに大いなる脅威を与えたが、いよいよ切り札としてクラッススがローマ軍の最高司令官に任命されると、クラッススによりローマ軍は立直され、その大軍の反攻によってスパルタクス軍は徐々に追い詰められていく。


そしてとうとう奴隷軍は殲滅させられ、自由と故郷への帰還を求めたスパルタクスら奴隷たちの望みが叶うことは遂になかった、叛乱奴隷は殆どが戦死し、捕虜となった6千人余りは磔の刑に処され、ローマからカプアに続くアッピア街道には延々と磔の十字架が立ち並んだとされる。

-しかし、強大なローマに対峙して立ち上がり、あわやというところまで脅かしたスパルタクス軍の自由への戦いは、永遠に歴史に刻まれたのである。


✔スパルタクス蜂起の背景

当時のローマは侵略戦争を重ね、領土(属州)を得てそこから搾取するだけでなく大量の奴隷をも獲得し、ローマ社会に投入していた。


「ものいう道具」と扱われた奴隷の中でも、見世物として命懸けの剣闘を強いられる剣闘士奴隷は最下位に位置付けられていた。

「命懸けで戦うなら、見物人のなぐさみものになるより我々の自由のために戦おう。」 というスパルタクスの説得から剣闘士奴隷が蜂起したのは必然である。

これが既にローマ社会に多数存在した他の奴隷たちも巻き込んで、勢力拡大していったのだった。





 ※上画像:ドニ・フォヤティエ(Denis Foyatier 仏 1793-1863)による1830年作のスパルタクス彫像。

  奴隷であったスパルタクスが自らの手枷を打ち砕いた瞬間が表現されている。

  (同作品を所蔵するルーヴル美術館の公式HPより)


✔スパルタクスという英雄

カプアの剣闘士奴隷蜂起に於いて奴隷軍が選んだ3名の首領の筆頭であり、トラキア (現在のブルガリア南東部~黒海に至る地域)のマイドイ族出身。

勇気と力に勝っていただけでなく、智慧に優れ温和な人となりであったと伝わる。奴隷の集団を強力な 「軍」 へと組成した統率力と、戦いぶりに見られる優れた知略に疑う余地はない。

彼が望んだのはローマを打ち破り権力を握ることでは決してなく、奴隷たちが自由の身となって各々の故郷に帰還することだったという。

 ※スパルタクスの戦いとその英雄としての姿に関する更なる詳細については別稿「スパルタクスと」その戦い」を

  参照されたい

【出典・参考】

「プルタルコス英雄伝 下」

プルタルコス 著 村川 堅太郎 編 (筑摩書房)

 

「新版 スパルタクスの蜂起―古代ローマの奴隷戦争」

土井 正興 著 (青木書店)




■映画「スパルタカス」

さてこの 交響詩「スパルタクス」 を演奏・鑑賞するにあたり、やはり無視できないのが映画「スパルタカス」 (1960年)の存在である。作曲者ヴァン=デル=ローストもこの映画を知らないはずはなく、影響を受けた可能性は高いと推察されるのだ。

 

交響詩「スパルタクス」 の中間部に現れる甘美で雄大な旋律について、ヴァン=デル=ローストは ”スパルタクスとその (想像上の) 恋人との愛” を表すものとコメントしているが、これはまさに映画「スパルタカス」の描いたものと一致している。

古代の奴隷叛乱という史実に色恋の記録はもちろん存在しない。しかし、その背景に想いを馳せればスパルタクスにも愛する女性があり恋愛があっただろうという想像が湧き起るわけで、それを大きな要素とした映画「スパルタカス」の世界観が、交響詩「スパルタクス」のあの ”愛のテーマ” へと繋がっていったのではないだろうか。

 

 ※「プルタルコス英雄伝」に、スパルタクスが蜂起したときカプアの剣闘士養成所にスパルタクスと同族の婦人

  がおり、共に脱走したとの記述はある。

  このトラキア人の婦人は予言を能くし、スパルタクスが偉大な恐るべき勢力となることと、しかし不幸な結末に

  至るということを語っていたという。それ以上、この婦人とスパルタクスとの関係に言及したものはないようだ。


✔映画「スパルタカス」概要

1960年公開のアメリカ映画。既にハリウッドの大スターであったカーク・ダグラス(Kirk Douglous 1916-2020 )がハワード・ファストの原作小説を気に入って、製作総指揮と主演を務め、1,200万ドルもの巨額製作費を投じた超大作。

第二次世界大戦後の東西冷戦下において、所謂 ”赤狩り” の標的となってハリウッドを追放されていたダルトン・トランボ(Dalton Trumbo 1905-1976)を脚本家に起用、当時31歳の若きスタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick 1928-1999)を監督に抜擢。

キャストもローレンス・オリヴィエ(Laurence Olivier 1907-1989)、チャールズ・ロートン(Charles Laughton 1899-1962)、ピーター・ユスティノフ(Peter Ustinov 1921-2004)といった大物を揃え、全米興行収入3,000万ドル(全世界では6,000万ドル)の大成功を収めた。極めてスケールの大きな歴史スペクタクル映画として現在も名を遺す傑作であり、上映時間193分の長さにも拘らず冗長さは感じない。

1960年のアカデミー賞において助演男優賞ほか4部門を受賞している。


✔映画「スパルタカス」の描いたもの

古代ローマ時代の文字通りの ”肉弾戦” たる戦争を生々しく活写するスペクタクル映画の衣装をまといながら、実はこの映画は愛を描き、人間の価値観とそこから生じる信念・意思・行動の表出を描き、”人として生きる真の意味”を真摯に問うものとなっている。

もちろん周到に計算された戦闘シーンをはじめ、迫力の映像は圧倒的だが、それ以上に「人として」大切な美しく気高い精神性と、まさにそれを希求し闘いへと身を投じた人間の姿が描かれて

                        いるのである。


 ※脚本家トランボ、監督キューブリック、制作総指揮兼主演カーク。ダグラスがそれぞれに違った”スパルタ

  カス像”を思い描き、軋轢も衝突も経てこの映画は完成した。制作時の対立の激烈さゆえか、キューブリック

  が後年も「スパルタカス」は自分の監督作品と認めない、と表明していたことは有名である。

  主要キャストや他の優秀なスタッフも含め、優れた才能がぶつかり合って誕生したこの作品だが、最終的

  にはカーク・ダグラスの思い描いた ”愛の物語” に落着したようだ。英雄スパルタカスを一人の人間として

  も捉えてスポットを当て、スパルタカスとヴァリニアの愛、そして何より自由への愛を描いたのだ。

 ※映画「スパルタカス」の詳細は以下の別稿を参照されたい


【出典・参考】

DVD 「スパルタカス スペシャル・エディション」

(2012年 / ジェネオン・ユニバーサル)

「『ローマの休日』を仕掛けた男 ―不屈の映画人ダルトン・トランボ」

ピーター・ハンソン 著 松枝 愛 訳 (中央公論新社)

「映画監督スタンリー・キューブリック」

ヴィンセント・ロブロット 著          浜野 保樹、櫻井 英理子 訳 (晶文社)


以上、個人的な思い入れによる仮説に基き述べてきたが、たとえヴァン=デル=ローストの作曲自体には全く影響を与えていないとしても、交響詩「スパルタクス」と接するにあたって映画「スパルタカス」に触れておくことは絶対に有意義だと私は信じる。

過酷な剣闘士奴隷の生活、剣闘の残酷さ、古代ローマの戦闘のありさま…この楽曲が描いた或いはその背景となった、さまざまな映像のイメージを端的に得ることもできるであろう。


■楽曲解説

「『スパルタクス』は連続した3つの部分から成る ”交響詩” である。各部が固有の旋律的素材を持っているが、最終部では第2部のメインテーマが戻ってきて、テュッティのグランディオーソにて奏される。また、最後から2小節前にはまさに冒頭のオリエンタルな雰囲気が再現されている。」

作曲者ヴァン=デル=ローストは、交響詩「スパルタクス」 をこのように総括した。その内容をさらに作曲者自身のコメント ( 「」 ) も引きながら見ていこう。


「第1部(冒頭から練習番号Jまで)は、幾つかの旋律やリズムで構成されたものを反復し積み上げてクライマックスを築いていく。旋律の端々に見られるオリエンタルな特徴は、ローマ奴隷の出自に照らしたものだ。」


重厚な低音のどっしりとした響きに続き、エキゾチックな旋律が唸りをあげて曲は始まる。まさにスペクタクル映画のオープニング・クレジットを彷彿とさせるスケールの大きさと緊迫感溢れる序奏部である。


この曲は秀演の条件として冒頭部分の重々しさを要求していると思う。重心が低くぶ厚い、そういう音楽で開始されなくてはならない。ポイントになるのは音の保持と、3/8及び2/4拍子で現れるカウンターの8分音符である。幾ら正確で揃っていても、この8分音符が跳ねて ”軽さ” を呈した途端にこの曲は死ぬ-。

冒頭部分は表記通りの変拍子を追うのではでなく、フレーズをより大きく捉えることで重厚な音楽の流れを生み出せるのではないだろうか。とにかく始まった瞬間からの ”重さ” が極めて重要なのである。

 

3+2と2+3の入替る5/8拍子の密やかなリズムで潜まったその余韻のままに、5/8+7/8拍子の民族色の濃いリズムをTimpaniが奏してAllegro moderato (♩=112)の主部へと移る。それは拍子とダイナミクスがくるくるとめぐり、野性味のある躍動の音楽だ。


練習番号Gでトリルを連ねシンコペーションを効かせた木管の旋律に打楽器のリズムが絡むあたりはその典型であり、エキサイティング極まる!

朗々とした中低音の2拍3連符と木管の16分音符が対比的に応答した後、変拍子に転じて弱奏からビルドアップ、第1部のクライマックスへと向かう。


凄みをもって下降する低音16分音符から反転した木管高音の輝かしい16分音符に導かれ、練習番号 I の14小節目には全合奏が ”集結” した ff  が響きわたるのだ。ここの高音-低音-高音-低音のカウンター応酬の迫力と、それでいて爽快に澄み切ったサウンドは圧巻である。

 

前出していた中低音の 2拍3連符と木管の16分音符の対比的な応答が更に3/4拍子の豪快な曲想に姿を変えて登場し、痛烈な fp から木魚のリズムに導かれて高揚するや冒頭の場面へと回帰、重低音とドラの轟音で第1部を締めくくる。


「第2部は安寧な雰囲気を醸して、スパルタクスと恋人との恋愛を想い描かせる。(練習番号Lに最初に現れる) このメインテーマは宏闊にして雄大であり、やや映画音楽的である。本作品においてこの部分にはオーケストレーションに格別の意を払った。」


低音の轟音の余韻から静かに浮かび上がってくる Flute ソロで第2部が開始される。

ここは終わりに向けてクレシェンドとともに少し速くするニュアンスは伝えられている ( poco precipitando ) ものの、senza misura (拍子なしに) / a piacere (奏者の自由に) と指示のある自由なカデンツァである。


モーターオフの Vibraphone や Small Gong と相俟って幻想的な幻想的な響きのこの部分は ”愛のテーマ” への序章であり、どこか時が止まったかのような雰囲気を醸し、そしてまた陰のある悲哀をも感じさせる。

これが Cor anglais に引き継がれ、 ”囁くような ( mormorandi )” Clarinet のトリルやVibraphone とともに一層深遠さを極めていく。Clarinet がサウンドクラスターへと変わると Horn に ”愛のテーマ” のモチーフが現れ、金管群がこれを拡大し昂るが、また徐々に遠く静まる。ここの穏やかで美しい Trombone ソリとそれに続く Piccolo / Flute ソリは聴く者にひと時の安寧を印象付けるだろう。


そして満を持して ”愛のテーマ” が Horn によって全貌を現わす。作曲者コメント通り宏闊にして雄大、この上なくロマンティックな旋律である。

そしてこれに応答する Euphonium のソリがまた美しく豊潤で実に素晴らしい!

(ヴァン=デル=ロースト得意の手法である )

旋律は木管へ移り繰り返されるが、今度はオブリガートに回って更に歌いまくる Horn が聴きものとなっている。


すると次にはまるで天上界のように清らかで神々しく Trumpet ソロに旋律が現れ、Trumpet Ⅱ, Ⅲ とTromboneが加わってハーモナイズされ高まっていく。夢見るような美しさで紡ぎ出されるクライマックスだ。

微睡むような Oboe ソロからは徐々に名残惜しく静まって、第2部を終う。


「最終部はいよいよ激しい戦闘そのものを表すものとなるが、これはローマ圧政者に対する奴隷たちの叛乱のさまである。途中に現れる積み重なりゆく12の音は、奴隷たちが磔の刑に処されていくのを象徴的に示している。ここで第2部の練習番号Jに現れたフルートのカデンツァを部分的に再現するコールアングレは、あたかもスパルタクスと恋人との永遠の愛の姿を最後の最後にもう一度見せようとするかのようだ。練習番号Tの3小節目の主題は、実は最終部の第2主題(練習番号R 5小節目に始まる主題)に基いているが、リズミックなものに姿を変えている。」

All.Marciale ma moderato  (♩=104-108) の第3部は蠢くような打楽器ソリから放射状に亢進していく導入部に始まる。


ここは、まさに開戦直前の異様な緊迫感や恐怖感の高まりを感じさせる音楽である。ミュートをつけた金管の野蛮な響きが交錯する昂ぶりの頂点で鮮やかに視界が開け、激烈で厳格な太鼓のリズムに導かれて重装歩兵の大軍が進むさまを描き出す。

ベルトーン風にモチーフが重なりゆく部分を挟んだ後に、この情景はもう一度現れ、生身の人間が入り乱れ命を遣り取りする熾烈な大合戦の様相を想い描かせずにはいない。そしてこの血の沸き上がるような音楽にあって、威風堂々とした ”誇り高さ” を併せ持っていることが、本作品を名曲の域に押し上げたと言えるだろう。

 

一旦静まった音楽は第1部を再現する変拍子へと移るが、ここで対比的に現れる流麗にして艶やかな光沢を放つ Sax. ソリが洵に印象的で、冗長さなど感じさせることがない。

そして第2部最初に奏された Flute のカデンツァが Cor anglais にて呼び戻され、スパルタクスとその恋人の愛をもう一度想い描かせるのである。


交響詩「スパルタクス」にはこのように描写されていく場面の変化とコントラストを「演じ切る」演奏が求められる。古代ローマの重装歩兵軍が動き出す様子に始まる戦闘シーン、それとは明らかな対照をなす熱く甘美な愛のテーマなど、夫々がそれらしく、表面的でなくダイナミックに描出されて欲しいのだ。ヴァン=デル=ローストはさまざまな手法を駆使し、音色配置の妙や多彩な打楽器の活用など、ディテールまで拘り抜いて場面それぞれを描き込んでいるので、ぜひそれを発揮させたいところである。さあ、いよいよ終局に向かって密やかに再始動した音楽は一気にヴォルテージを上げていく。

最終盤のクライマックスはうねる木管群の伴奏とゴージャスなサウンドに包まれつつ、高らかにそして暖かく Trombone と Euphonium が奏する壮大なあの ”愛のテーマ” だ。


胸を熱くしたままになだれ込むコーダ=Vivo はまさに一気呵成、快速でエキサイティング、渾身の sfp クレシェンド…!

壮麗な音楽が疾走する鮮烈なエンディングは BRAVO!の一語に尽きる。










-最後から2小節前、死んだはずのスパルタクスがぎらりとした視線を浴びせるような、そんな凄味のあるダブルリード陣(+ Flute, BassCl, B.Sax.)による迫力のパッセージも聴きどころ、お忘れなく!



■推奨音源

冒頭に充分なる重厚さを備え、コントラストに富んだ表現が尽くされた秀演として下記をお奨めする。

ヤン・デ=ハーンcond.

東京佼成ウインドオーケストラ

全体設計が大変優れており場面場面のコントラストが鮮烈に示された好演。音楽の流れが大きく捉えられており、雄大なスケールで奏される。

描写力の高さは抜群で、特にコーダの圧倒的なスピード感、最後から2小節前の凄味の効かせ方は他の追随を許さない。





ピエール・キュエイペルスcond.

オランダ陸軍軍楽隊

さらに一層スケールの大きさを感じさせる好演。その骨太で剛勁な音楽には圧倒される。戦闘シーンの臨場感は (やや物騒だが) 軍楽隊ならではだろうか。続く輝かしいサウンドの高揚に向け練習番号Iの12-13小節で織重なる16分音符の鮮烈さも鳥肌が立つほどの見事さ!

コーダも悠然としたテンポで奏されるが、冒頭から一貫したイメージのこの演奏なれば ”アリ” だし、却って説得力大。


進藤 潤cond. 航空自衛隊航空中央音楽隊 (Live)

こちらも ”さすが” というべきか、戦闘シーンの描写の迫力や進軍場面のサウンドとリズムの重厚さが素晴らしい。何よりも特筆すべきは冒頭から炸裂する木管低音 ( Bass Saxophone か?) のド迫力の ”轟音”!バーバリズム溢れるこの曲ならば、こういうのも悪くない。

 




 

【その他の所有音源】

 ヤン・ヴァン=デル=ローストcond. 大阪市音楽団[Live]

 ヤン・ヴァン=デル=ローストcond. フィルハーモニック・ウインズ大阪[Live]

 ディルク・デ・カリューウェcond. ゼーレ聖セシーリア吹奏楽団

 レーヌ・ジョリーcond. ケベック管打楽器アンサンブル

 ゲーラルツcond. ベルギー憲兵隊吹奏楽団

  

-Epilogue-

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、二度の世界大戦と核兵器開発競争を経て人類が学び、漸くつかんだたかに見えたグローバルな視野による全地球的連帯に深く影を落とす暗雲をもたらした。2023年10月には新たなパレスチナ・イスラエル戦争も勃発…忌まわしい「戦争」とはなぜ起こるのか- 過去の歴史に人類は今こそ再び学ぶべきだ。


「戦争とはあくまで『過去』の歴史」と位置づけてそれを総括し、超越する精神がなければ、音楽に限らずそれを題材とした芸術・文化を純粋に楽しむこともできなくなる-。

誰も望まないはずのことが起きてしまったことに厳しさを実感しながらも、そう自分に言い聞かせ言動に結び付けていかなければ、と痛切に感じる昨今である。



    <Originally Issued on 2016.11.14. / Revised on 2022.7.18. / Further Revised on 2023.12.18.>

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