First Suite for Band Ⅰ. March Ⅱ. Melody Ⅲ. Rag Ⅳ. Galop
A. リード Alfred Reed (1921-2005)
-Introduction-
"旧き良きアメリカ” 現在の価値観からすれば必ずしも問題なしとはできない時代でもあっただろうが、その当時のアメリカの繫栄とそれが育んだ文化・エンターテインメントには、単なる郷愁を超えて生き続ける魅力があったことは事実だろう。
■楽曲概説
名匠アルフレッド・リードは吹奏楽のために幾つもの「組曲」を遺したが、中でも1-3番はいずれも出色の出来映えである。そのうち第2組曲は ”ラテン” の音楽と情景を、第3組曲は ”バレエ” の音楽と情景をテーマとし表現した楽曲であり、夫々内容を総括する副題が付されている。
1975年に作曲されたこの第1組曲にこうした副題はない。フルスコアにも「独立した対照的な4つの楽章から成り、それぞれを単独で演奏しても良い」とまでコメントされているのである。
しかしながら作曲にあたり、リードは ”古き良きアメリカの音楽と情景” を想起していたのではないだろうか。この曲にはマーチ、ラグ(ラグタイム)、ギャロップ(サーカス音楽)といった音楽がフィーチャーされているのだが、”マーチ王” スーザが1885-1927年頃その全盛期を迎えていたように、これらはいずれも19世紀終盤から20世紀初頭にかけてアメリカで一世を風靡し広く親しまれた音楽なのである。
この時代- 南北戦争終結~西部開拓時代~第二次産業革命を経て国力を高めたアメリカは、第一次世界大戦で疲弊した欧州を出し抜き遂には圧倒的な経済成長を果たす。
( やがてそれも陰り、1929年の世界恐慌を境に社会不安増大そして第二次世界大戦勃発への道をたどることになるのだが…。)
マーチもラグタイムもサーカス音楽も、そうした ”史上最高の繁栄” を謳歌していたアメリカで全盛を極め、その時代を象徴するものだった。
ポピュラー音楽の世界でも隆盛となった ”バラード” の性格が濃い第2曲「メロディ」を含めたこの「第1組曲」こそは、まさにそうした ”古き良きアメリカの音楽と情景” のアンソロジーと云うこともできるだろう。
■フィーチャーされた音楽たち
✔マーチ (行進曲) / March
(J. P. スーザと1900年パリ万博でのスーザ・バンド)
既に述べた通り1885-1927年頃を頂点に ”マーチ王” スーザ(John Philip Sousa 1854-1932)によって空前の人気を博した「マーチ」は、後に続くアメリカ音楽の源流となった。
スーザは1880年にアメリカ海兵隊バンドの隊長に就任し本格的に足跡を残し始めるが、1891-1892年の同バンドアメリカ横断ツアー後の休養時には、ヨーロッパのバンド研究も深めている。これを経て誕生したのが伝説のスーザ・バンドであり、1892年9月最初のコンサートを皮切りにあっという間に人々の人気を攫ったのだ。
決して大げさでなく、もし当時にヒットチャートというものが存在したならば上位はスーザのマーチが独占しただろうと謂われる。スーザはその優れた楽曲とともに、並外れたショーマンシップによるパフォーマンスで聴衆を魅了したのである。
スーザは自分のバンドで演奏する際には出版されたスコアから離れ、アクセントとダイナミクスと彼自身の好みによる特別の効果を付加し、また曲の途中でテンポを変えることはせず、通常の (軍隊) マーチよりも少し早目のテンポで演奏したという。
当時のスーザについて、「スーザ・マーチ大全」には以下のように記されている。
「スーザのマーチをスーザ・バンドのように演奏できるバンドは、ほかにはなかったと多くの人が書いているが、スーザほどマーチで聴衆の心を劇的なまでに揺り動かした指揮者はいなかったと言うのがより正確だろう。スーザが彼自身のバンドを指揮して、彼自身のマーチを演奏する姿を見るのは、本当に心ときめく体験であって、そこにこそスーザ・バンドの画期的成功の秘密があったのである。スーザが指揮台に立つと、彼のマーチがたちまち躍動を始めたとでもいうのが適切だろう。この躍動感あるいは「高揚感」が聴衆をしびれさせたのだが、スーザ
が死んだ後は絶えて久しいことになってしまった。」
-まさに現世のシンガー・ソングライターと同じではないか!
【出典・参考】 「スーザ・マーチ大全」 ポール・E・バイアリー 著 鈴木 耕三 訳(音楽之友社)
✔ラグタイム (ラグ) / Ragtime (Rag)
19世紀末から20世紀初頭にアメリカで流行。黒人のダンスの伴奏音楽や酒場で黒人が演奏したピアノ音楽が起源で、”ラグタイム黄金期” は1899-1917年とされる。白人の客にウケがいいマーチなどの西洋音楽に黒人独特のノリが加わり、シンコペーションを強調する初の軽音楽となったのがラグタイムと位置付けられる。バンジョー・マンドリン・管楽器などを加えた小編成楽団も奏したが、多くはピアノが奏する音楽であった。
形式的には”ラグタイム・ワルツ”を除き2拍子で、3楽節以上のソナタ・ロンド形式をとり、中間部では属調または下属調に転調するということからも ”マーチ” がラグタイムの重要な音楽的母体であることは間違いなく、マーチにアフリカ系アメリカ人(当時のスラングで ”Jig” )がもたらしたリズムなど、さまざまな音楽形式がブレンドされていったものと推定されている。
ラグタイムと云えば、スコット・ジョプリン(Scott Joplin 1868-1917 )を抜きには語れない。
この ”ラグタイム王” は数10曲に及ぶラグタイムの名曲を作曲し演奏したが、その評価が高まったのは1973年の大ヒット映画「スティング」に彼の作品が使用されたことがきっかけである。
金管楽器奏者にとってはブラス・アンサンブルの至宝フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルが好んでレパートリーとしていたことで、一層なじみが深い。
【出典・参考】
「ラグタイムの解説」浜田 隆史(ラグタイムギタリスト) http://home.att.ne.jp/star/ragtime/ragtime.htm#rag
✔ギャロップ / Galop
元々馬術の「襲歩(Gallop)」=最も速い歩調を示す言葉に由来する快速な音楽。
この「襲歩」とは競馬などで馬が疾走している時に見られる歩法で、馬の四肢が全て宙に浮く瞬間が存在し且つ同時に着地するのは二肢までのものを云うと定義される。これによって馬の歩幅は最大となり、従って最速となるのである。
音楽的にはそもそも19世紀中頃にヨーロッパで流行した2/4拍子のテンポの速い舞曲の総称。
その当時、ダンスとしてのギャロップ(左画像参照) は舞踏会のフィナーレを飾ることが多く、
「ひとたびギャロップが演奏さえれるや否や、踊り手は興奮のあまり我を忘れた。手をつないだ二人組が巨大な輪を作り、凄まじい勢いで回った。
靴を踏まれ、服はまくれ、かつらは飛ぶ。ときに将棋倒しが起きるほど、この踊りは激しさを極めていた。
(中略)ギャロップには野生の勢いが備わっている。その勢いは人間の本能に強く訴えかけ、原始の祭りのごとく彼らに自然と踊りの輪を作らせる。」 (小宮 正安)
と伝わっている。
ヨハン・シュトラウスⅠ世/Ⅱ世やオッフェンバックが遺したギャロップも有名だが、何といってもカバレフスキー作曲の組曲「道化師」第2曲 ”ギャロップ” は運動会の定番BGMとして誰もが知るところだろう
ギャロップはまたアメリカで流行したサーカスと関係が深い。
サーカスに於いて馬の曲乗りは伝統的かつ重要な演目であるが、サーカスを盛り立てる音楽にギャロップは欠かせないものであり、この「第1組曲」に登場するのはまさにサーカスをイメージしたギャロップである。
【出典・参考】
JRA HP 「競馬用語辞典」https://jra.jp/kouza/yougo/w34.html
「ヨハン・シュトラウス-ワルツ王と落日のウイーン」
小宮正安 著(中公新書)
「ロマン主義と革命の時代」
アレキサンダー・リンガー 編 西原稔 監訳(音楽之友社)
■楽曲解説
この「第1組曲」は単なる曲集のようでありながら、組曲としての纏まりも悪くない。
シリアスなムードを漲らせた「マーチ」に始まり、短調の色合いを引継ぎながらもそれを美しく緩ませていく「メロディ」へと続き、スケルツォの役割を果たす「ラグ」で転換、最後は華やかで賑やか、かつ何より軽やかさを失うことのない「ギャロップ」で締めくくるという構成となっているのである。
また「メロディ」「ラグ」では Harp が効果的に使用され、上品でまた一段豪華なサウンドを生み出しているのも魅力的である。
Ⅰ. マーチ Allegro deciso (快速に、決然と ♩= 104-108)
ジャズの発祥はラグタイム時代から発生していた「スイング」であり、そのラグタイムの重要な音楽的な母体の一つが ”マーチ” とされる。即ちアメリカ音楽の源流たるマーチを以って、リードはこの” アメリカ音楽のアンソロジー” を開始しているのだ。
しかし一方で、提示されたその ”マーチ” は保守本流のスーザ・マーチとはまた一味違う、短調のきりりとした曲想を現す。
エナジティックに開始されるや直ぐに鮮やかなクラッシュ・シンバルがフィーチャーされているが、全編に亘りその活躍はめざましい。
優れた音色をドンピシャのタイミングで聴きたいところである。
旋律に対峙する低音の下降音型+打楽器の豪壮さや、絡み合った動きがスルリとほどけた瞬間に現れる、あまりにカッコイイHorn のソリなど序奏部からして心震わす傑作である。
主部に入ってからも凛とした表情は崩すことなく、強固な律動を伴い並々ならぬ推進力を終始放ち続けるこのエキサイティングなマーチは、一気呵成の鮮烈な印象を聴く者に焼き付けて已まない。
最終楽句を導くリムショットの一撃も実に鮮烈である。
Ⅱ. メロディ Slowly and sustained (ゆっくりと、音を持続させて ♩= 44)
美しくしかし愁いを帯びたバラード。ノスタルジーをかきたてる ”歌” の大きなうねりと、その昂ぶりから鎮静へと遷移するさまが素晴らしい。冒頭、Oboe の音色に始まった歌がHorn へ移り Flute のオブリガートがこれに絡む-その色彩の ”移ろいの妙” からして惹きつけられる。
シンプルだが心に迫る旋律の力と、それを品よく修飾し構成した音楽が、しみじみとした感動を与えるのだ。
やがて Harp の伴奏とともに一層深みを増した旋律が Euphonium (+ Bassoon, Alto Clarinet, Tenor Sax. )に現れるが、その情緒の豊かさには感じ入るばかりである。
徐々に幅広さを増す音楽は、律動感を極限まで抑制しつつ劇的に高揚してクライマックスに達するが、そのレシタティーヴォの暖かさに包まれる幸福感は圧倒的である。
やがて冒頭の旋律が戻る。
静まりゆく音楽はひたすら名残惜しく、余韻とともに遠ざかっていく。
Ⅲ. ラグ Moderate Ragtime ( two-beat, not fast ♩= 62-66 )
まさに古き良きアメリカの楽しさと当時の気分が充溢しており、この組曲を明確に性格付ける楽曲。
Splash Cymbal のおしゃまな一撃とともに、陽気なノリの音楽が賑やかに流れ出す。
演奏者によってテンポの選択はさまざまだが、(物理的な速度とイコールではなく)感覚的に余裕のあるテンポで、確固にしてメリハリのあるリズムが刻まれなければ、独特の曲想は表現できない。
旋律・リズム・構成いずれもシンプルだが、その素朴さこそが良い!それでいてブルースコードの Sax.ソリや、
Wood Block とともに実に愛らしい楽句が現れたり、ダイナミクスの大きな落差でコントラストを効かせる工夫もあり、愉しい音楽を聴かせてくれる。
※作曲者リードはこの「ラグ」の16分音符の奏法(アーティキュレーション)についてフルスコアに付言している。
即ちほぼジャズ風に奏するか、それとも若干ジャズ寄りに変形するに止めるか-。
その判断に基き全編に亘って軽快さやキ
レ、或いはバウンスの程度などを徹底する
ことを前提にテンポも含め指揮者の好みと
判断に委ねると云うのである。
この「ラグ」では打楽器を変更・追加した
り、ディキシー調の Trombone グリッサンドを加えたりといった演奏も見られる。確かにこの曲はそういった自由
までも許されるタイプの楽曲ではあるのだが…
この曲の ”立位置” からして最も求められるものが何かと云えば、それはやはりライトにして品のある「粋」であろう
と私は思うのだ。
Ⅳ. ギャロップ As fast as possible ( but no faster ! )
”できるだけ速く、でも速すぎないで!”
というユニークなテンポ設定のこの曲は、まさに説明の要らない楽しい音楽である。アンコール・ピースとして単独で演奏されることも多い。
金管の短いファンファーレに始まり、大げさなクレシェンドを効かせ、底抜けに明るくまた精気に溢れてかつスリルもあるさまは、サーカスのワンシーンを直截に想い描かせる。
サーカスの見せ場で必ず奏される ”お約束” のスネア・ロール&シンバルも、もちろん聴こえてくるのである!
目まぐるしくエネルギッシュな曲想に挿入される
”小型蒸気オルガン風” (a la miniature steam calliope) のパッセージも懐かしく親しみ深い味わいがあり、聴く者を思わず笑顔にさせるだろう。
最終盤では更にテンポを捲りに捲り、その興奮のままに熱狂のエンディングで全曲を結ぶ。
■推奨音源
音源は意外に少ない。私が推すのは
秋山 和慶cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
性格の異なる各楽章の対比が見事に表現されており、またテンポ設定も絶妙な秀演。”ラグ”は速めのテンポ設定ゆえ全編スウィングでよりジャジーな愉しさを追求している。また存分に歌いきった ”メロディ” の抒情、サーカス音楽色を全面に出し生きいきとして且つシュアーな快速 ”ギャロップ” などどれも素晴らしいのだが、何といっても引き締まったテンポと表情の ”マーチ” が圧巻!全編を通じ胸のすくような演奏に仕上がっている。
【その他の所有音源】
汐澤 安彦cond. フィルハーモニア・ウインドアンサンブル
アルフレッド・リードcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
-Epilogue-
大衆に広く愛された音楽をテーマに編まれたこの「第1組曲」は、まさに ”吹奏楽” という音楽形態を体現するものでもある。「理屈抜きに楽しめる」 という常套句があるが、本作品はまさにそれそのものだからだ。
-そう、”吹奏楽” も幅広い聴衆が「理屈抜きに楽しめる」ものでなくてはならないのだ。
<Originally Issued on 2017.1.22. / Revised on 2022.5.5. / Further Revised on 2023.11.15.>
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