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序奏とファンタジア

hassey-ikka8

更新日:2024年5月23日

Introduction and Fantasia     R. ミッチェル   Rex Mitchell   ( 1929-2011 )


-Introduction-

「序奏とファンタジア」は1970年に出版された作品で、レックス・ミッチェルの名を知らしめ、文字通り吹奏楽オリジナルのスタンダードとなった名作である。

ミッチェルという作曲家はその人気とはうらはらに永い間経歴等は詳細が不明とされていたが、2008年に立ち上がったミッチェルの公式HP (現在は閉鎖) によって、作品の紹介とともにポートレートとプロフィールが公開されたのだった。 当然と言えば当然なのだが、私はそこで彼の未出版/未知の作品がまだまだ多くあることを知った。明快にしてモダンな作風が親しまれているミッチェルであるから、そうした作品たちの存在に私の心が躍ったのは言うまでもない。


■楽曲概説

その名の通り序奏 (Andante ♩= 84) に続いて、急 (Allegro molto ♩=150) - 緩 (Andante ♩= 60 ) - 急 (Allegro molto ♩=150) の自由な形式のファンタジア(幻想曲)が続く構成である。緩徐部分については非常にファンタジックな曲想であり、その意味でも曲名はすんなりと肚落ちすることだろう。

また全曲を支配する主題の最初の提示をマリンバ (Marimba) が行っているが、これは特に吹奏楽曲としては画期的な手法である。


「序奏とファンタジア」は単一楽章の作品だが、この曲の持つさまざまな雰囲気を反映してテンポは頻繁に変更される。「序奏」 (冒頭~23小節の初めまで) では、そののち全曲にわたって基本となる2つの音楽的要素が簡潔に提示されており、続いてシンコペーションのリズムによる和音に始まるセクション (23~36小節) をはさんで 「ファンタジア」 に入る。 この 「ファンタジア」 ではスピリトーソ (=元気に、生気に満ちて) との表示通り、「序奏」にて提示された2つの主題を活発に展開していく。

続くゆっくりとした中間部でも、その2つの主題の断片に基くさまざまなソロのパッセージが現れる。そして Marimba によって最初の主題が奏され、再びシンコペーションのリズムによる和音に始まるブリッジから 「ファンタジア」の再現部となる。

                                        -フルスコア所載の解説より


 ※ファンタジア (ファンタジー、幻想曲)   形式にとらわれず、楽想のおもむくままに作曲された楽曲を指すが、時代とともに ①対位法的処方を厳格に保持

   する書法にしばられないもの ②即興演奏を書き留めたと解されるもの ③ソナタのうち楽章構成に特色のあるも

   の、あるいは形式がきわめて自由で特別な性格をもったもの と変遷してきている 。

                                     (出典:音楽之友社「新音楽辞典」)


 ※マリンバ (Marimba)

木琴の一種で音板の下に共鳴管を備えており、これによって殊に低音部の音が豊かになることで広い音域を有する。南アフリカを起源とし原始的なものは瓢箪の共鳴器を使用していた。

これがラテンアメリカに入って発達し、現在のマリンバが完成したのである。

マリンバやシロフォン (Xylophone) の鍵盤にはホンジュラス・ローズウッドが最適とされるが、現在でも希少なこの木材は今後ますます入手が困難になると予想されている。 楽器の材料として使えるまでに200年はかかることから、早く利益を生む他

                         の植物栽培に転換が進んでいるためだという。

  安倍圭子をはじめとして日本は世界的なマリンバ奏者を多数輩出しているが、マリンバと云えばトレモロ奏法の

  醸す独特の豊かな音色と表現がその最たるものであろう。

  尚、日本国内で最も人口に膾炙したマリンバの演奏には、何と言ってもNHK「きょうの料理」のテーマ音楽 (冨田

  勲作曲)が挙げられよう。            

                         (出典・参考:音楽之友社「新音楽辞典」、ヤマハ株式会社HP)


■楽曲解説

序奏は穏かな低音のシンコペーションにのって、Marimba のソロが最初の主題を歌い出す。これはやはり大変斬新なオープニングというほかないであろう。

「海の歌」 での Vibraphone による主題提示といい、こうした鍵盤楽器の活躍にはミッチェルの豊かなアイディアを感じさせる。

これに続いて新たな主題が金管低音に現れる。この短い序奏の中において、全編に展開/変奏される2つの要素が提示されたわけである。

「序奏」が終わり Allegro molto (♩=150) に転じ、ハーモナイズされたシンコペーション楽句が応酬されて徐々に音圧を拡大、さらに Percussion ソリによってエキサイティングなムードを高揚させる。


これに続く Spritoso で Trumpet が高らかに主題を奏で、「ファンタジア」 の幕があがる。


更に中低音による伸びやかな旋律が現れ、全合奏で繰り返されスケールの大きな音楽となる。

ここでそれまでとは対照的にシリアスで力強い旋律が中低音群で奏され、これに Trumpet が応答して迫力のある音風景を描く。ここでは8分音符のリズムでアクセントを一心に打ち込む Xylophone も大変印象的である。


「ファンタジア」 の快速な主部では、短くブリッジを挟んでこのシークエンスが繰り返されるのだが、2度目は快活な曲想にクリスタルのような質感と透明さを持つ木管群の流麗なサウンドに旋律が移って、また違った表情を見せている。

再び高揚した主部は、やがて宙を切り裂いて急上昇する Trumpet の楽句によってクライマックスに到達し、ブリッジが再現されて緩やかな中間部へ続く。


中間部はミッチェル得意の夢見るような抒情性を極めた楽想に転じ、静謐なシンコペーションの伴奏にのって Alto Sax. のソロが歌い出す。


この旋律が金管合奏で繰返されたのち、Oboe、Hornと艶やかで美しいソロが奏されるが、さらに転調して Tempo rubato となってからは、まるで無重力の宇宙空間を漂うよう-。

ここは木管低音+ String Bass のみの低音部がとても効いていて、特に Bass Clarinet の存在感が際立つ部分だ。

美しさにミステリアスさが加わって高揚し、感動的な音楽となっている。


Alto Sax. のソロが還ってきてこれに Oboe が応答し静かに中間部を終うと、もう一度冒頭の Marimba ソロが聴こえてくる。

そこから再度ブリッジを経て快速な主部が圧縮して再現され、2小節の短いが鮮烈なコーダに突入し、興奮のうちに全曲を閉じる。


■推奨音源

汐澤 安彦cond. 東京シンフォニック・バンド

各場面場面、曲想ごとのコントラストが効いた大変メリハリのある演奏。スピード感とダイナミックさにも満ち、この曲の魅力を端的に伝えている。

また最終2小節 (コーダ) は記譜にはないが、急にぐっとテンポを落とし全曲を終う、独特の解釈で演奏されている。

これは曲の最後にテンポを落とすという、よくあるアマチュアの ”吹奏楽節” ではなく、この曲は主部再現部が非常に圧縮されていることから、尻切れトンボな感じにならぬよう熟慮されたものと評価できる。この演奏の方が却ってエンディングの鮮烈さが際立ち、何ともカッコ良いのがその証左であろう。


【その他の所有音源】

 小澤 俊朗 cond. 尚美ウインドオーケストラ

 木村 吉宏 cond. 広島ウインドオーケストラ


-Epilogue-

旧ココログ版Blogで本稿を最初に上梓した際、(当時開設されたばかりだった) レックス・ミッチェルの個人HPをリンクしたところ、日本からのアクセスが急増したことから、ご子息 (トム・ミッチェル) から連絡をいただくということがあった。そして、ミッチェルの未出版譜を日本で出版できないかという相談にも接した。ご子息は私を日本の吹奏楽界において名のある人物と誤解したようなのだ。

もちろん私なりには何か力になれないかと幾つか当たってはみたものの、彼の期待に応える流れを全く生み出せなかったことは、申し訳ないばかりであった...。

当時ミッチェルのHPで紹介されていた楽曲の中には、前述の通り未知のものがたくさん存在していた。

カプリス (Caprice for Band)、コラールとプロセッショナル (Chorale and Processional)、パスラーレとアレグロ (Pastrale and Allegro)、アルトサックスと吹奏楽のためのロマンス(Romance for Alto Sax. and Band)、管打楽器のための狂詩曲 (Rhapsody for Winds and Percussion)、風の聖堂 (Wind Cathedral)…。

-重ね重ねも、優れた演奏/録音による 「ミッチェル作品集」の登場が待ち遠しい。



          <Originally Issued on 2008.7.23. / Completely Revised on 2024.3.29.>

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