Legacy of the Woods 酒井 格 Itaru Sakai (1970- ) -Introduction-
吹奏楽コンクールの演奏にここまで感動したのはかなり久し振りだったと思う。
2014年全日本吹奏楽コンクールでの 米田真一cond.玉名女子高校 の 「森の贈り物」。その演奏は楽曲を尊重し、真摯に向き合い寄り添う想いが感じられる秀演だった。
この作品の代名詞ともなっている序盤の Cornet (Trumpet) ソロだけでなく、Alto Sax.、Flute、Clarinet、 Baritone Sax. に至るまでどのソロもよい音色で実によく歌う。というよりバンド全体がとにかくよく歌えるのだ。
美しくまろやかなサウンドの魅力はもちろんとして、曲の持つ多彩さを表現する、コントラストを効かせた場面転換も見事であり、しかもそれがある時は移ろうように、またある時は決然と、楽曲にピタリと嵌ったニュアンスを示している。
息の長いフレージング、そして ”行くときは行く!” の躊躇なく堂々たる強奏と繊細で美しい弱奏とが織り成す幅広いダイナミクスで奏されるので、音楽のスケールが非常にデカい!
場面ごとにふさわしい情緒が込められ、細心の注意を払ったフレーズの受渡しで形成する自然な音楽の流れは最後まで途切れることがなかった。
楽曲を大切にし、表現を尽くそうとする想い-それがこの曲のように愛らしい音楽で示されていることに、一層胸が熱くなり思わず涙がこぼれる。…そんな演奏を聴いた私は、もうこの曲について書かずに居られなくなってしまっていた。
※上画像:玉名女子高の演奏を収録した2014年全日本吹奏楽コンクール実況録音盤
■楽曲概説
「森の贈り物」 (2003年) は心に残る名旋律、名フレーズを数多く吹奏楽界に送り出している酒井 格が龍谷大学の委嘱により作曲した作品である。
龍谷大学は同年の全日本吹奏楽コンクールにて自由曲として演奏し、見事金賞を射止めた。龍谷大学はこれまで通算8回連続でコンクール自由曲として酒井作品を採上げ高い評価を受けているが、この 「森の贈り物」はその2曲目にあたる。
前述の通り序盤の Cornet ソロが大変印象的であり、その好演が大変話題となって人気を得た作品である。
※左画像:龍谷大の演奏を収録した2003年全日本吹奏楽コンク
ール実況録音盤
■「森の贈り物」に描かれたもの
屋久島の森 ✔作曲者・酒井 格コメント
「日本の南西部、鹿児島県に屋久島という、深い森に覆われた島があります。
1993年にユネスコの世界遺産にも登録されたこの森には、樹齢7200年と云われる縄文杉をはじめ、樹齢1000年を超える巨木が数多くあり、その佇まいは神々しく、神秘的ですらあります。古代から、島に住む人たちに大きな恵みをもたらしてきたこの森も、数十年前には木材需要の高まりにより、数多くの樹木が伐採され、森が失われる危機に見舞われたこともありました。しかし、森の大切さを訴える人たちの、真摯な願いが叶い、現在では緑豊かな森が多くの人たちによって守られています。
目をつぶって耳を澄ませると、鳥の鳴き声、水のせせらぎが聞こえ、私たちが生きるのに必要な美しい空気を作り出してくれる森。
屋久島のような大森林ではなくとも、そんな豊かな恵みを残してきてくれた多くの森が、これからも私たちの手によって守られていくことを願って、この作品を書きました。」
-フルスコア所載:作曲者コメントより
「森の贈り物」は酒井作品の中でも、一番ファンシーな要素を持つ作品である。
長い年月をかけて森が作り出してくれた恵みに想いを巡らせ、そこから広がったイメージを表現した音楽ということだが、そのイメージの拡がりはとても自由であり、空想的で幻想性に満ちている。
従ってこの「森の贈り物」は ”屋久島の自然を描写した音楽” ではないのだが、そうした空想をインスパイアしたのはまぐれもなく屋久島の情景、そして神々しい杉の古木から感じられる生命の力強さと、古代から続く悠久の時の流れであったのだろう。
✔屋久島
本州最南端・鹿児島県佐多岬の南南西約60km海上に位置し、温暖多雨な気候に育まれた豊かな自然の魅力あふれる島。
東にあるのは鉄砲伝来とロケットの打ち上げで有名な種子島である。
屋久島は1955年から国立公園指定されていたが、1993年にはユネスコ世界遺産に(法隆寺・姫路城・白神山地とともに)日本で最初に登録され、観光地として更に人気が高まり現在に至っている。
もちろん美しい海にも恵まれており、見事な滝などもあって自然の見所満載な島であるが、やはり一番人気の観光といえば縄文杉、大王杉、翁杉、夫婦杉、ウィルソン株、太古杉などの巨杉群を擁する原生林を登る高塚山 (たかつかやま・標高1,396m)トレッキングである。
往復8-10時間を要し、急登400mを含む高低差700mを登るこのトレッキングでは巨杉だけでなく実にさまざまな畏敬に値する自然と接することができる。
屋久島の風景の中でも特徴的なのは、宮崎駿監督作品「もののけ姫」の世界をまさに想起させる、緑の光を醸す苔に覆われた木立の情景。洵に神秘的であった。
観光客はうじゃうじゃいる。人間の手が入っている部分も確かにある。
しかし、それがどうした?ってくらい懐深くスケールの大きい、まさに生きた自然がどーんと存在している-その雄大さ、深遠さこそが屋久島の森だったと思う。
【出典・参考】
サンシャインツアーHP 「屋久島縄文杉トレッキング」
✔屋久島の象徴 「縄文杉」
決して縄文杉だけが名杉ではないと思うが、トレッキングの終着点に御座すその姿には、やはり圧倒的な存在感と神々しいオーラがある。
「樹齢7200年」というキャッチフレーズで有名になったのだが、これはさまざまな調査の結果現在では疑問視されている。それでも4000-5000年の樹齢と云われ、屋久島最大の杉に変わりはない。
屋久島往訪当時、私は自己最大の体重を抱えていて、縄文杉を目指す真夏の南国での過酷なトレッキングは相当こたえたのだが、漸くたどり着いた末の縄文杉との対面に尋常ならざる感動を覚えた。
奥深い自然のまたその奥所に、畏るべき存在というものは居るんだなぁ…と神妙な納得感があったのである。
※私自身が屋久島を訪れたのは2008年8月。前日まで屋久島は強い雨に曝されていたとのことだったが、我々
家族の在島中は好天に恵まれ、快適に過ごすことができた。
もちろんトレッキングは全ての行程で自然を満喫できたし、雨で増水した大川の滝 (おおこのたき) は普段
以上(だったらしい)の壮観であった。また春田浜の美しい海で泳げたこと、海岸の露天風呂 (平内海中温泉) の風情、海の幸いっぱいの美味な民宿の料理など、短期間の滞在にもかかわらず素晴らしい想い出になっ
ており、決して忘れることができない。
■楽曲解説
「森の贈り物」 は序奏部を伴う Andante に始まり、行進曲風の Allegretto から緊張感を高めて嵐を表す Allegro con fuoco へと展開し、Allegretto が変奏されて再現された後、Andanteに戻ってクライマックスを形成しコーダで終う、というアーチ状の構成を俯瞰することができるだろう。全編に亘って酒井 格らしい素敵な旋律がちりばめられている。
※以下、フルスコアならびに酒井格HP所載の作曲者コメント(” ”)も引用しつつ述べる。
Andante con grazia 3/4 拍子、柔らかな Clarinet に始まる短い序奏に続いて、優しい鐘の音ともに Cornet のソロが流れ出し 「森の贈り物」 は始まる。
”森の精が優しく語りかけるような” と表現されるこの Cornet ソロは全曲の生命線だ。
柔らかな音色と自在なダイナミクスで、過剰なアゴーギグは排し大きなフレーズの歌を聴かせてほしい。
このソロが終わると、序奏部の再現に続いて Un poco piu mosso となって新たな旋律がAlto Sax. に現れ、これが Flute、Clarinet と受け継がれていく。
さながらさまざまな精霊たちの歌声が聴こえるさまであろうか-。ファンタジックなバックハーモニーによって音楽の雰囲気が移ろうさまも聴きどころである。
続いて序奏部旋律が拡大されて現れた後、温和で優しい Bass Clarinet のソロが朗々と歌われる。これこそは、きっと作曲者コメントにある ”森の長老の語り” なのだろう。
Clarinet、Flute、Horn のキラキラした細かい楽句の応答の経過句が静まって、Alegretto 4/4拍子の行進曲が始まる。リズミックだがひそやかな Snare Drum に導かれて Harp が鳴り、遠くから愛らしい ”森の生き物たちの行進” が近付いてくるのだ。
徐々に姿が大きくなって悠然とした行進となるが、どこかユーモラスで可愛らしい音楽の性格が失われることはない。scherzando の Horn ソリとこれに応答する Tuba とのおどけた表情には思わず口角が緩むことだろう。
行進は時にのんびりと、時に駈足に-ここからはテンポが速まったり緩んだりしながら、徐々にダイナミクスと緊張感を高めていくが、その移ろいが単純で幼稚だと幻滅である。ここにこそ細心のニュアンスがほしい。
そして高揚した音楽は遂に Allegro con fuoco に到達する-
”森を襲う嵐” が吹き荒れる場面だ。
この劇的極まるクライマックスでは、際立ってエキサイティングな曲想であり、低音群にとって最高の見せ場ともなっている。
打楽器も交えた激しい応答は聴く者を思わず紅潮させる迫力だが、122小節目の頂点を見透し、大きく音楽を捉えた演奏でなければそれは実現できない。
静まって行進曲の再現部へ…ここではテクニカルな変奏となり Snare Drum から Cornet ソロ、Xylophone と6連符の楽句による流麗な曲想となる。ここでも特に Cornet ソロは奏者の腕の見せ所となっており、同パートが「森の贈り物」の要諦であることは疑いない。
やがて Harp の調べとともにふと爽やかな風が吹くような Oboe(+Alto Sax.、Glocken )のフレーズが歌い出すのだが、その優しさには何とも癒される。
ここからアッチェルランドして Allegro con spirito となり更に放射状に高揚、遂に冒頭旋律が高らかに奏される Andante maestoso のクライマックスを迎える。
ふくよかな音響に包まれて、まさに ”嵐が過ぎ去って、また緑いっぱいの美しい森の景色が広がる” 光景が感じられ、清々しい感動で満たされることであろう。
音楽は静まりと高揚とを繰返し、旋律を拡大して奏する雄大で鮮烈な Lento を経ると、あのCornet ソロのフレーズを今度はラッパ全員でファンファーレの如く奏し、コーダに突入していく。
最後は冒頭のモチーフに続き、全合奏のクレシェンドで豊かなサウンドを響き渡らせ、幸福感に満ちあふれた余韻とともに全曲を締めくくる。
この「森の贈り物」は至って明快な音楽だけれども、どの演奏を聴いてもそれぞれの表情を持っていることにこの楽曲の奥行を感じる。その後もコンクールで演奏される機会も増えているようで、末永く愛奏されてほしい一曲である。
■推奨音源
この曲の推奨音源としては、既に挙げた全日本吹奏楽コンクールの実況録音をお奨めする。
すなわちこの曲に関してはプロフェッショナルな楽団よりも、玉名女子高や龍谷大の楽曲への愛着の想い溢れる演奏の方が私の心を揺らした、と申し上げておきたい。
【その他の所有音源】
ノルベール・ノジーcond. オランダ陸軍軍楽隊ヨハン・ヴィレム・フリショー
米田 真一cond. なにわオーケストラルウインズ (Live)
-Epilogue-
演奏者が楽曲に愛着と畏敬を持って尊重し、さまざまな ”表現” を込めることで、音楽は聴く者に感動を与える。
「森の贈り物」の演奏をめぐっても、そのことを改めて深く感じさせられた。そもそも所詮アマチュアならば、演奏する楽曲を愛し尊重する想いがなければその曲を採り上げる意味があるまい。その想いからしかアマチュアに音楽の感動を生み出せる可能性はないからだ。
しかし実際にコンクール等で接する吹奏楽の演奏には、カットにしろ演奏の中身にしろ、楽曲に対する尊重があまりに不足していると感じることが少なくない。
磨いたテクニックやサウンドも、あくまで ”表現” を尽くし感動的な音楽を生み出すためのものなのである。「テクニックがある」「揃ってる」「合っている」 を「よい音楽 (本質的な意味で ”うまい” 演奏)」 と同一視してはいけない。
またたとえ演奏参加型の吹奏楽に携わっていたとしても、聴く側に立ったなら、アマチュアの演奏レベル視点から 「自分たちと比べて良い」 「水準が高い」 という感覚に拠って過剰な評価をしてはいけない。本当に感動できたか、忘れられない演奏だったか? -理屈はいらないので率直に自分の心に問うてほしい。
演奏者は真摯にどこまでも音楽を深く掘り下げ、聴く側は音楽の感動こそをシビアに求めなければならないと思う。
「この曲をこのくらい仕上げたら、当然金賞、当然全国でしょ、え?」
「ウチは一人ひとりのレベルから違うから。どう?このサウンド、文句ある?」
こんなドヤ顔をちらつかせながら、音楽の内容は幼稚で浅薄な演奏など、もう聴きたくもないのである。
<Originally Issued on 2016.4.2. / Revised on 2022.11.16. / Further Revised on 2024.1.3.>
Comments