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歌劇「ザンパ」序曲

hassey-ikka8

更新日:2024年5月17日

Zampa ou La Fiancée de Marbre, Overture

L. J. F. エロルド (エロール)  Louis Joseph Ferdinand Hérold  (1791-1833 )


-Introduction-

この歌劇「ザンパ」序曲は、NHK-FMのクラシック音楽番組「朝の名曲」 (1972-1985年) のテーマとして使われていたので、曲名は知らなくとも中間部の軽やかな旋律が耳馴染みな方も多いであろう。私は随分後になって全曲を聴き、そうかあれは 「ザンパ」 だったのか!と知った次第である。

また明朗快活でダイナミックな曲想は英国式金管バンドや吹奏楽のレパートリーとして好まれ古くから演奏されており、所謂 ”クラシック・アレンジ” のスタンダードでもある。曲中の抒情部分が、ほぼ全て Clarinet ソロで歌われるのも吹奏楽で人気となった理由かもしれない。



※歌劇「ザンパ」のワンシーン (リヨン国立オペラ座のグランドホワイエにあるアルベール・メニャン作の壁画)


■楽曲概説

「ザンパ」は1831年にフランスの作曲家フェルディナン・エロルド (エロール) によって作曲された喜歌劇であり、19世紀を通じて大きな人気を博したと伝わるが、今日では上演機会が乏しくなっており、一般には専ら序曲が演奏されるのみとなっている。

 エロルドはベートーヴェンやシューベルトとほぼ同世代であり、パリ・コンセルヴァトワールでは吹奏楽でもおなじみのカテルやメユールに師事した作曲家である。42年という短い生涯において主に歌劇やバレエ音楽の分野に作品を遺しフランスにおけるグランド・オペラの祖と称される。


歌劇「ザンパ」と並んでバレエ音楽「おてんば娘リーズ(リーズの結婚)」が代表作である。歌劇自体「グランド・オペラ風の圧倒的な効果と絵画的、色彩的な筆法があり、親しみ易く美しい旋律とドイツ的で堅実な管弦楽法を持つ」と評価されると同時に「性格描写や変化や情熱に乏しい」「現在では音楽的な冗長と弱点のため、ほとんど通して演奏されることがない」と断じられている。

序曲も「通俗的な名曲」「華やかで色彩的」「親しみやすい旋律」「華やかに劇的な迫力をもちながらクライマックスを築き上げる」と美点を挙げられつつも、結局は「目先がつぎつぎと変っておもしろいが、全体からみてかなり散漫である」とバッサリ総括されるなど、その評価には何とも毀誉褒貶入り混じる楽曲である。

 ※上記評論は「名曲解説事典」(音楽之友社) 門馬 直美 執筆稿 より引用

 

私自身は、もちろん歌劇「ザンパ」序曲が大好きである。

とにかく旋律が美しく魅力があり、また印象的な楽句が次々に現れる。これを ”まとまりがなく散漫” というよりは ”宝石箱の如き素敵な音楽の詰合せ” であるとポジティヴに評価したい。メドレー(接続曲)風の作品として豊かな色彩とコントラストの見事さに溢れ、またそれを生かす構成が成されている。理屈抜きに愉しいではないか!

 

ところで、歌劇「ザンパ」はオペラ全曲が聴くことのできる音源が極めて乏しい。

私が所有しているのは2008年3月にパリ・オペラ=コミック座にて上演された際の

ウイリアム・クリスティcond. レザール・フロリサン

 ( William Christie cond. Les Arts Florissants )

のライヴ録音 (インディーズ盤) のみである。




                同2008年3月ウイリアム・クリスティcond.レザール・フロリサンによる公演の模様


この「ザンパ」全曲盤を聴く限り、「序曲」にはオペラ本編には遂に登場しない旋律や楽句がかなり含まれている。「序曲」は歌劇から抜粋してメドレー風にまとめたもの、という解説も目にしたが実際にはどうなのだろうか。


エロルドは幕開けのためにオリジナルの部分も加え再構成した「序曲」を拵えていたのか?

或いは歌劇そのものが改訂によって、元々の姿とは違っているのだろうか…?前述の通り、この序曲はハッキリ ”接続曲” =メドレーと言い切って良いだろう。

そしてメドレーとしては最高レベルの出来映えではあるまいか。メドレーというものはショーマンシップの観点からは重宝され人気を博す (=ウケる) 一方、音楽としての意義や価値についてはジャンルを問わず (ポピュラー音楽の世界ですら) 疑問を呈されがちである。

それを踏まえても猶、この歌劇「ザンパ」序曲の愉しさには抗えない自分がいる。どんなものでも水準を超えたものには、理屈抜きの魅力が存在するのだと私は思う。


■歌劇「ザンパ」あらすじ

                      1844年 ハー・マジェスティ劇場に於ける、歌劇 「ザンパ」 上演の様子

 

舞台は16世紀のシチリア島。

海賊の頭領ザンパはルガノ城のある島を侵略し捕えた伯爵を解放するのと引換えに、伯爵の美しい娘カミラに結婚を迫り、カミラと許婚アルフォンソとを別れさせようとする。無理やりカミラと婚約したザンパはその祝宴にて先妻であるアリスの石像を嘲弄しながら婚約指輪を像の指にはめるのだが、威嚇するようにアリスの石像は指を閉じ、指輪を返そうとしないのだった。

 

ザンパはカミラを解放してほしいとの如何なる嘆願にも耳を貸すことなく、アルフォンソを監獄に送り、忌々しいアリスの石像は海に投げ捨てるよう命じる。ザンパに迫られたカミラは祭壇へ逃げ、ここは聖域だから誰も自分に手を触れてはならないと主張するも、ザンパはお構いなしにカミラから服を剥ぎ取り、逃げ出したカミラを更に追いかけようとした。

 

そのとき、海に捨てられたアリスの石像が波を引き起こし、ザンパは海に引きずりこまれて絶命してしまう。厄災は去り、今こそカミラとアルフォンソは再び結ばれた。

 

【出典・参考】

「オックスフォード オペラ大辞典」(平凡社)

「歌劇大事典」 大田黒 元雄 著 (音楽之友社)

「名曲解説事典」 門馬 直美 執筆稿 (音楽之友社)


■楽曲解説

この上なく輝かしく、生命感に満ち溢れた

Allegro vivace ed impetuoso の序奏に始まる。

この冒頭こそが全曲の白眉と云っても差支えなかろう。それほどに印象的で、音楽的興奮を喚起する序奏である。

 

ff で華やかに始まり、

緊張と快速さを維持した p を挟み、また鮮やかな ff へという流れの中で、眼前にありありと浮かぶが如く立体的なカラフルさも感じさせるのだ。

 

そこに突然管楽器群の B♭音ユニゾンがフェルマータで強奏されて

Andante misurato へと入る。



同様にB♭、C、C、と繰返す管楽器群の強奏に弦楽器+Timpani の pp が呼応し神秘的で安寧なブリッジとなり、次の場面へと移っていく。


そこでは冒頭の雰囲気からは一転した Andante non lento の密やかで抒情的な音楽となる。

前述の通りこの曲に於いて抒情的な歌はほぼ全て Clarinet で奏されており、ここはその最初である。

ほどなく音楽は徐々に活気を取戻す。冒頭主題の変奏

が現れて生命感と色彩、緊張感やスピード感、輝度と音量といった全てをじりじりと高めながら亢進し、グランドマーチ風の Allegro vivace assai con grande forza へと進んでいく。

その運び方が実に見事であり、到達した先に提示される音楽の壮麗さを一層引き立てているのである。


続いて抒情的な場面に転換するのであるが、ここで前出の Andante misurato をなぞったブリッジを挟むなども心憎いばかりだ。そして Piu lento となって再び Clarinet のソロ-。

文字通り espressivo を極めた美しいものである。


音楽の熱はそのままに、軽やかで愛らしい Un poco piu vivo へと移る。


楽曲中最も有名な部分であるが Triangle の加わる伴奏も含めとても品の良い音楽である。

これが最終盤のパワフルな推進力を示す圧倒的な盛上りを前に、極めて効果的なコントラストを生み出している。

 

可愛らしい音楽を一転させる Un poco piu animato での金管群によるファンファーレから音楽はその最終盤へ。

更にテンポを上げ Piu mosso で繰り返されるファンファーレからは一気呵成に精力的なエンディングへと突き進み、最後も華麗な余韻を堪能させて全曲を閉じる。


■推奨音源

音源はかなり多い。色々な意見はありつつも、親しみやすく魅力のある楽曲であることの証明だろう。

ロナルド・コープcond.ボーンマス交響楽団

この曲の録音に駄演というものはそもそもあまりないが、その中でも文句なく胸のすくような好演である。

巨匠指揮の高名なオケの演奏と比較しても秀演であり、実にヴィヴィッドでコントラストに富み、楽曲の魅力を存分に発揮している。楽器間のバランスも終始良好であり、実に楽しく聴けるのだ。

このアルバムは英国ボーンマス交響楽団の創設指揮者であるダン・ゴドフリーのレパートリーを再現したもののようだが、このダン・ゴドフリーは英国軍楽隊の指揮者・編曲者として何代にも亘り活躍した一族の出身である。(ダン・ゴドフリーII世の長男でダン・ゴドフリーJr.と呼ばれることが多い。)

ボーンマス交響楽団は1893年に創設されているが、その当時の編成は ”吹奏楽団” であった。おそらく同団にとって歌劇「ザンパ」序曲は歴史的に十八番のレパートリーなのだろうが、こうした名演に繋がったのはやはり吹奏楽とも関連した指揮者・楽団であったことが背景にあるのかも知れない。 

【出典・参考】  ボーンマス交響楽団 HP   新版吹奏楽講座8(音楽之友社)


【その他の所有音源】

 ユージン・オーマンディcond. フィラデルフィア管弦楽団

 レナード・バーンスタインcond. ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団

 ヴォルフ=ディーター・ハウシルトcond. スイス・イタリア語放送管弦楽団

 ヤン=パスカル・トルテリエcond. BBCフィルハーモニック管弦楽団

 ヴォルフガング・サバリッシュcond. バイエルン国立管弦楽団

 チャールズ・グローヴスcond. フィルハーモニア管弦楽団

 ヘルマン・シェルヘンcond. ウィーン国立歌劇場管弦楽団

 アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団

 アーサー・フィードラーcond. ボストン・ポップス管弦楽団

 エルネスト・アンセルメ,cond. スイス・ロマンド管弦楽団

 タマス・パルcond. ブダペスト交響楽団

 ポール・パレイcond. デトロイト交響楽団

 マルセル・フリードマンcond. ヨーロッパ・フィルハーモニック管弦楽団

 ジャン・マルティノンcond. ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

 リチャード・ボニングcond. ロンドン交響楽団

 マッシモ・フレッチャcond. ローマ・フィルハーモニー管弦楽団

 レイモン・アグーcond. ロンドン新交響楽団

 ニコライ・マルコcond. フィルハーモニア管弦楽団

 

-Epilogue-

歌劇の序曲には、歌劇中の有名なアリアやフレーズをあれこれ取り入れてまとめ上げられたものが多いのだが、この歌劇「ザンパ」序曲は構成・展開ともその ”自由気儘さ” が際立った作品と云えるだろう。これこそまさに「メドレー」の典型という感じで…。

この曲と感じに似た作品が吹奏楽オリジナル曲にも-それがジョセフ・オリヴァドーティ

( Joseph Olivadoti ) の序曲たちである。オリヴァドーティの頭の中にはもしかしたら「ザンパ序曲のような曲を…」というのがあったのかも、なんて思ってしまう。このことについてはオリヴァドーティ作品の稿にてまた述べてみたい。

 


     <Originally Issued on 2017.7.2. / Revised on 2022.11.21. / Further Revised on 2023.11.27.>

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