Die Lustiger Weiber von Windsor, Ouvertüre
( The Merry Wives of Windsor, Overture )
O.ニコライ Otto Nicolai (1810-1849)
-Introduction-

歌劇 「ウインザーの陽気な女房たち」 序曲
を私が初めて聴いたのは、1979年の全日本吹奏楽コンクールにおけるブリヂストンタイヤ久留米工場吹奏楽団の演奏によってであった。小山卯三郎指揮同団の ”大人” な演奏に魅せられたのが原体験というわけだ。以来この曲が大好きになり、大学2年時には吹奏楽での実演の機会にも恵まれた。
-しかしながらこの楽曲の真の魅力に接したのはいつかとなれば、それは1992年のウイーンフィル 「ニューイヤーコンサート」冒頭の演奏を聴いた瞬間、ということになる。
天才カルロス・クライバーの指揮による、まるで魔法にかけられたかのような音楽的魅力にあふれた演奏に、文字通り雷に打たれたように ”しびれた” あの瞬間である。
■作曲者

オットー・ニコライ はウイーン・フィルハーモニー管弦楽団の創設者・初代指揮者として、そしてこの 歌劇「ウインザーの陽気な女房たち」 で音楽史に永遠の名を残した人物である。1941年にウイーン王立歌劇場主席楽長となったが、その翌1942年にオペラ上演以外の活動を行っていなかったこの楽団に ”演奏会シリーズ” を創設、これがあの名オケ/ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団の始まりである。
指揮者としての評価も極めて高かったという。
前述の通り、そのニコライの代表作こそが歌劇 「ウインザーの陽気な女房たち」。その序曲は同歌劇中の名旋律を縦横無尽に散りばめた名曲とされ、単独演奏の機会も多い。
ニコライの 「ドイツ楽派というものがもちろん前提だが、それにイタリアの軽快さが付加されねばならぬ。」との言葉通りの作品といえる。
■歌劇「ウインザーの陽気な女房たち」
✔概要

シェイクスピアの同名戯曲をもとにして作られた3幕からなる喜歌劇(ジングシュピール)で、1849年初演。
ユーモアに富む作品とされ、使用される音楽も明るい曲想に終始している。
尚、「序曲」 はこの2時間ほどの歌劇の中で特に第2幕中盤以降の音楽を中心に、巧みに構成されている。
ハンス・クナッパーツブッシュcond. バイエルン国立歌劇場 1957 Live CD
✔シェイクスピアの原作戯曲

陽気な女房がこれすなわち
浮気な女房とはかぎらない、
私たちが身をもって証拠を
ごらんにいれましょう
ふざけておしゃべりするものが
ふしだらするとはかぎらない、
むっつり黙っているものが
実は助平と言うでしょう
-原作第4幕第2場 / 小田島 雄志 訳
白水社刊 シェイクスピア全集より
※左画像:
Charles Dicken's The Merry Wives of Windsor
Illustration by Hugh Thompson (1910)
「ウインザーの陽気な女房たち」は、イギリスの文豪ウイリアム・シェイクスピア ( William Shakespear 1564-1616) 作の喜劇で、元々「ヘンリー4世」 「ヘンリー5世」に登場したキャラクターであるフォルスタッフを、当時のイングランド女王・エリザベス1世が大変気に入って「フォルスタッフの恋物語が見たい」と所望したことから、書かれた作品とされている。
そこに登場するフォルスタッフはかなり落ちぶれた壮年の騎士-。彼は自分を色男と思い込み、フォード夫人・ページ夫人の二人の貴婦人に同時に恋を仕掛け、”色” と ”金” とを手中に収めようとする。
もとより、醜く太ったフォルスタッフに夫人たちがなびく筈もないのに、フォルスタッフが「オレに気がある」 と思い込むところからして滑稽である。おまけに初手から、二人の夫人に全く同じ文面のラヴレターを送ったことがバレてしまうありさま。
これに怒った二人の夫人は示し合わせて、フォルスタッフに応じていくフリをしつつ、この好色漢をとっちめていくわけだ。
このストーリーを軸に、本当に妻が不倫しようとしていると勘違いするフォード氏や、田舎訛りの牧師、フランス訛りのフランス人医師など、エキセントリックな登場人物が続々登場して、賑やかながらも物語は混乱気味に…。
その間隙を縫うように、ページ夫妻の娘アンとその恋人フェントンの恋が成就し、大団円。最後はフォルスタッフも交えて和やかな晩餐を、という話で閉じる終始愉快な物語である。
作中、フォルスタッフは何度も酷い目に遭わされる (自業自得) のだが、上掲の画像はその最初の一コマである。
間男を気取ったフォルスタッフがフォード夫人を訪ねると…何とフォード氏が帰ってきた!「逃がしてあげる」 というフォード夫人の口車に乗らされ、フォルスタッフは大きな洗濯籠の中へ。そこへ上から汚れ物をたっぷり突っ込まれ、それに塗れてフォルスタッフは脱出(?)するが、最後はフォード夫人の言いつけを受けた召使に、汚れ物ごとテムズ川に放り込まれてしまうのである。
■楽曲解説
歌劇 「ウインザーの陽気な女房たち」 序曲 は序奏をもったソナタ形式に成る。

冒頭に低音で歌いだされる主題は深遠にして暖かい。-私の大好きな旋律である。
展開するこの旋律のハーモニックスを務める Horn がまた一つの聴きものとなっている。
これに続いて長閑な Oboe と Fagotto のソリに始まる Poco piu animato に移ると、愛らしい楽句が次々と現れ、音楽は眠りから醒めて活気を帯びてくる。そして序奏部は16分音符のリズミックな楽句と伸びやかな旋律が対比的に現れる軽快な音楽となるのである。

これに導かれ主部 Allegro Vivace に入ると、一層快活な楽想から輝きに満ちた音楽となる。

続いて現れる優美で上品な旋律が、細やかなニュアンスの抑揚をつけつつもたっぷりと歌われ、聴くものを惹きつけるのだ。これは「序曲」にのみ用いられたオリジナルの旋律であり、楽曲の中核を成すものである。

この旋律に挟まれて展開する典雅でリズミックな、愛らしい楽句がまた実に魅力的なのだ。

そして主部を締めくくる結尾主題は躍動感、活力に満ち満ちている。

ここでは Trombone の8分音符のパッセージが、高揚感を絶妙に盛り立てているのも印象的。

転調してややエキサイティングさや野趣を加味した曲想に転じたかと思いきや、そこにすうっと力の抜けた安寧なパッセージが挿し込まれるなど、展開部も実に変化に富んでいる。

そして全ての旋律がもう一度きっちりと奏される再現部を経て、活力を高めて力強い堂々とした終幕を迎える。
しかし如何にエネルギーが充満しようとも、最後まで音楽の ”軽やかさ”は失われることはない-。これがこの曲固有の稀有な特質であろう。
♪♪♪
”軽妙洒脱”という形容がこれほどふさわしい楽曲はなく、それに加えて高貴な品格、キラキラとした輝き、神秘的な側面、ダイナミックなサウンド・・・。短い序曲だが、単にオペラのハイライトというだけでなく、音楽のさまざま魅力があふれんばかりに詰め込まれた、とても素敵な作品である。
「ウインザーの陽気な女房たち」 の初演から僅か2ケ月あまりでニコライは急逝してしまう。38才という若さであった。文字通り畢生の作品としてこの作品は愛され、短命だったニコライの名を永遠のものとしたのである。
■推奨音源

カルロス・クライバーcond.
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
1992年ニューイヤーコンサートライヴ
まさに天才カルロス・クライバーの魔法 !! 音楽の美しい流れが一切の淀みなく示され、この楽曲の内包するニュアンスも余すことなく細やかに表現される一方で、「これはこういう音楽デショ」との強くスケールの大きな音楽観が感じられる。
こういうのこそが音楽だぜ!と周りに叫んで回りたくなるほどの素敵さ☆ まさに ”音楽の夢” が実現された名演。
上掲クライバー盤が圧倒的だが、この曲についてはどの演奏も相応に納得いくもの。これは楽曲自体の完成度が高いことの証左と思う。その他に私好みの演奏としては以下を挙げる。

ネヴィル・マリナーcond.
アカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ
マリナーに多い ”軽くてあっさり” な演奏だが、この曲に関しては非常にマッチしており、なかなか良い。

ミハイル・ジュロウスキcond.
ケルン放送管弦楽団
貴重な 「ニコライ作品集」 でもある。
( 同時収録 : "The Templar" Overture, "The Return of the Exile" Overture, Fantasy & Brilliant Variations on a Theme "Norma", Funeral March, Church Festival Overture )
【その他の所有音源】
ウィリー・ボスコフスキーcond. ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
クリスティアン・ティーレマンcond. ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
ルドルフ・ケンペcond. ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
ハンス・フォンクcond. シュターツカペレ・ドレスデン
ハンス・レーヴラインcond. バンベルク交響楽団
ハンス・クナッパーツブッシュcond.ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
-Epilogue-
素敵な音楽、素敵な演奏から得られる喜びや快感は、私にとって他の何よりも最高なもの。
この曲のクライバー盤などはその最たるもので、「音楽」が私にとって如何に重要なものであるかを改めて強く認識させる。
-音楽って、本当に素晴らしい!
<Originally Issued on 2007.8.19. / Revised on 2007.10.31. / Further Revised on 2024.1.18.>
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