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歌劇 「パーフェクト・フール」 よりバレエ音楽

更新日:7月5日

The Perfect Fool, Ballet Music  G. ホルスト ( Gustav Holst 1874-1934)

Ⅰ. アンダンテ Andante

Ⅱ. 大地の精霊の踊り Dance of Spirits of Earth

Ⅲ. 水の精霊の踊り Dance of Spirits of Water

Ⅳ. 炎の精霊の踊り Dance of Spirits of Fire


-Introduction-

私が大学2年だった1984年、我が大学のオーケストラが定期演奏会で演奏した曲のひとつが、この 「パーフェクト・フール」であった。ホルストといえば吹奏楽界でもあまりに有名な作曲家だが…こんなの曲名を聞いたことすらない!

「完璧な馬鹿」ってインパクトあり過ぎだろう。本当にホルストがそんな曲書いてんの?

というのが率直に思うところだった。

私の所属する吹奏楽団も、当時は本番直前になるとオーケストラ練習場と同じ建物に移り練習していたためオーケストラとは関係も良好で、彼らがこの曲を合奏練習している様子も時々耳にしていた。

それで大学を卒業してからも、一体 「パーフェクト・フール」 とはどういう曲だったのか?と謎に感じていた。のちに楽譜や音源が入手できるようになり、実際に深くこの曲に触れてからは大好きな曲になったのだが-

当時我が大学オーケストラの常任指揮者は デヴィッド・ハウエル ( David Howell 1945ー2017 )だった。彼が常任指揮者でなかったら、「パーフェクト・フール」 などという曲をとりあげることはなかっただろう。当時サマーコンサートでは自身の編曲した管弦楽ポップスを演奏させるなど一味違っていたこの才人は、出身であるイギリスの音楽を愛し、その未知の楽曲をも学生たちに紹介し演奏させていたのである。


※尚、邦訳標題は 「どこまでも馬鹿な男」 「大馬鹿者」 とするものも多いが、私はマーケティングの観点からも

  断乎として 「パーフェクト・フール」 と表記するものである。


■作曲者

グスターヴ・ホルストは1807年にイギリスに移住したスウェーデン人一家の子孫であり、音楽教師の父とピアニストの母のもとに生まれ育ち、幼少から音楽的に恵まれた環境にあった。

ロンドンの王立音楽大学で作曲を学ぶかたわら、腕の神経炎のためにピアノは断念しトロンボーンを修め、卒業後もしばらくトロンボーン奏者として活動していたことで知られる。

代表作である組曲 「惑星」によって、クラシックファンにとどまらぬ幅広い人気を得ているホルストだが、自らがトロンボーン奏者でもあったこともあり「ミリタリーバンドのための組曲第1番/第2番」 「ハマースミス」 「ムーアサイド組曲」 など吹奏楽/英国式ブラスバンドのオリジナル作品の名作も遺している。

教育者を兼務しつつ作曲にいそしむ日々を送り、平日は教職が多忙ゆえ日曜日にも勤務先の女学校に登校し、音楽室で作曲に没頭していたという。  【出典・参考】新音楽辞典 人名 ( 音楽之友社 )


■歌劇 「パーフェクト・フール」

✔作品概括

歌劇 「パーフェクト・フール」 はホルスト自身の脚本による、序曲なし上演時間約1時間の1幕ものの歌劇であり1923年に初演されている。

ホルストには歌劇のジャンルで9つの作品があるが、何れも現在では上演機会はほぼない。ホルストの歌劇に対するアプロ-チについては、当時流行していたアーサー・サリヴァン ( Arthur Sullivan 1842-1900 ) の影響を受けたオペレッタの創作に始まる。それからリヒャルト・ワグナー ( Richard Wagner 18131883 ) に傾倒してライトモチーフの技法を高めた時期を経たのちにそのワグナー風の壮大さを棄て、”音楽的な簡潔さ” というホルストが元々自然に持っている感覚を重視するように変貌していった- と評されている。

ホルストの他の歌劇と同様に 「パーフェクト・フール」 も上演機会のないのが現況であるが、バレエ音楽は独立した管弦楽曲として演奏されているのである。


※尚、序曲についてはオプションとして準備されており (「フーガ風序曲」 Fugal Overture として単独出版 ) 、

   開幕前に「演奏しても良い」との建付けである。


✔構成とあらすじ

ホルストの愛娘で音楽家のイモージェン・ホルスト ( Imogen Claire Holst 1907-1984 ) は1967年にラジオ・タイムズに掲載された解説にて、ホルスト自身が脚本を手掛けたこの歌劇のプロットを

老いた魔法使いと、イタリアの吟遊詩人とワーグナーの放浪者に求愛された王女が、 ほとんどいつも眠っている口下手な大馬鹿者に恋をするという、ただのおとぎ話

簡約している。これに表されているようにこの作品についてあらすじを追うことの意味はあまりないが、もう少し詳しく述べると以下の通りである。

           The image shows Holst's original Fool, Raymond Ellis, from the 1923 Covent Garden production 幕が上がると夜の場面である。

魔法使いが神秘の手法を用いて大地・水・炎の精霊を召喚する場面から物語は始まる。 魔法使いの望みは、まさにこの日に夫となる者を選ぶことになっている王女と結婚することである。そこに年老いた母親が息子である「大馬鹿者」を引き連れて入ってくる。大馬鹿者は如何にも眠たげであるどころか、もう実際にうとうとしている。この母親もまた息子(=大馬鹿者)が王女を口説き、結婚を勝ち取るという予言に取り憑かれているのであった。

魔法使いにはもちろん策があった。秘薬を用意してあり、これを飲み干した者は王女に愛されることになるのである。魔法使いはこの秘薬を飲んで王女に相対すのだが効果はない。実は大馬鹿者の母親が隙を見て魔法使いの秘薬をただの水にすり替えており、秘薬の方はあくびをしている大馬鹿者に飲ませていたのである。

魔法使いは激怒して全ての者に死と破滅をもたらすと宣言し、立ち去る。 次に吟遊詩人と放浪者が現れ、歌いながら王女に求愛するが王女はそれをまったく受け入れない。一方で王女は大馬鹿者を見るや恋に落ち、結婚を申し込む。ところが大馬鹿者はこの王女からの求婚を断ってしまう-。 魔法使いは恐ろしい物の怪を連れて再び戻ってくるが、大馬鹿者の母が大馬鹿者へ厳しくまた励ましに満ちた言葉を発すると、 魔法使いの恐ろしい仲間はみな焼け焦げてしまった。

「おとぎ話」だと言ってしまえばそれまでだが...

このシナリオ、王女と大馬鹿者の行く末はどうなったのか?といった疑問が残るという指摘もなされているように、だから何なんだ-という感が拭えないのは正直なところであろう。


この歌劇は冒頭に「魔法使いが神秘の手法を用いて大地・水・炎の精霊を召喚する」場面がバレエ音楽として提示されたのち、叙上のストーリーで進んでいく。


✔歌劇自体は不芳な評価ながら 魅力あふれる「バレエ音楽」

前述したイモージェン・ホルストの解説によれば、初演当時から歌劇としての 「パーフェクト・フール」 の評価は芳しくなかったようである。

父のオペラ『パーフェクト・フール』は、バレエ音楽こそよく演奏されますが、オペラ自体は1923年5月にコベントガーデンで初演されて以来、ほとんど演奏されていません。

その初日の観客は当惑していました。 プログラムノートは渡されず、笑うべきなのか、それとも物語に深い象徴的な意味を見出すべきなのか…との疑問を覚えた彼らの困惑した表情を憶えています。 父はこの作品がこれほど当惑させるものになるとは思ってもいませんでした。父にとってそれはただのおとぎ話だったのです。」 イモージェン・ホルストはまたこの歌劇 における 「語り(歌詞ではない会話)」 の部分について、 「学生が興じるシャレードゲーム (ゼスチャーによって言葉を当てるパーティーでの余興) レベルで気恥ずかしい」 との手厳しい批判もしているものの、ヴェルディやワグナーのオペラ(「イル・トロヴァトーレ」や「ジークフリート」) のパロディーも織り込まれたこの作品に現れる父親のユーモアについては、もっと理解され評価してほしかったようである。


また、歌劇 「パーフェクト・フール」 において最も魅力的なのが冒頭の 「バレエ音楽」 であることは疑う余地がないが、全曲の白眉がさっさと最初に提示されてしまうために歌劇全体のバランスを著しく悪くしているとの批判もある。これは全くその通りであろう。

観客を当惑させる内容のわかりにくさに加え、このような構成の不味さゆえ歌劇としての人気のない 「パーフェクト・フール」 であるが、その 「バレエ音楽」 の魅力は高く評価されているのである。


【出典・参考】

 チャールズ・グローヴスcond. BBCノーザン交響楽団

 による歌劇「パーフェクト・フール」全曲版CDのリーフレット

 解説 ( Rob Barnett )

 ヴァーノン・ハンドリーcond. BBCフィルハーモニー管弦楽団

 による歌劇「パーフェクト・フール」全曲版演奏




■楽曲解説

Ⅰ. アンダンテ Andante

威風堂々たる無伴奏の Trombone ソリが全曲の始まりである。

このように Trombone のみの演奏で開始される管弦楽曲は他に類を見ない。 トロンボーン奏者としてのキャリアを持つホルストならではのオープニングである。

このテーマは魔法使いが "Spirits of the Earth, Come at my call ! Obey my voice ! " と精霊を召喚する呼びかけの言葉であり、魔法使いそのものを表すものでもある。

密やかな経過句を挟んで、この召喚のテーマが再び繰り返される。

楽曲の始動を任された Trombone は、こののちも全曲に亘り随所で大活躍する。


Ⅱ. 大地の精霊の踊り Dance of Spirits of Earth

まず現れたのは大地の精霊である。

7/8拍子、Contrafagotto、 Fagotto のリズミックだがどこか不気味なオスティナートの伴奏に乗って Contrabass が奏する旋律により、大地の精霊が躍り出す。

この音色配置と Contrabass ソリによる第1主題の提示はとてもユニークであり、例えば吹奏楽編曲で演奏する場合でも、ここで発揮されている個性は大事にしたいところである。


主題のモチーフによる経過句を締めくくるのは Tuba Soloで、また一つ色彩を加えている。

これに続いて旋律が Cello と Horn に受け継がれると、伴奏のリズムは活気を帯びたものに変わり、音楽自体が華やいでくる。

そしてその新たな伴奏を従えたTrombone のソロにより、第2主題が提示されるのだ。


第2主題は変拍子のビートが面白く非常に個性的な舞曲を成している。この第2主題がスケールアップして第1主題やそのモチーフと応答しつつ、さながらエネルギーが渦巻きながら拡大するように徐々に高揚していく。


そして3/8拍子の緊迫した表情から息の長いクレシェンドとなり、遂にクライマックスへ到達するが、ここでは Timpani+低音による重厚で激烈なリズムが印象的な、ダイナミックに荒ぶる曲想となって、聴くものを圧倒するのである。


低音のビートがやがて静まると、召喚のテーマ/モチーフが Viola - Cello - Oboe - Piccolo とソロで受け継がれてゆき、幻想的な響きを湛えて最初の舞曲を閉じる。


Ⅲ. 水の精霊の踊り Dance of Spirits of Water

前曲最後の響きを継承して始まる、優美でファンタジックな 「水の精霊の踊りは魅力溢れる旋律の宝庫である。第1の旋律はまず Piccolo と Flute によって歌い出される。

透き通った静かな泉をイメージさせるこの部分では、Celesta と Harp が殊のほか効果的である。独特の神秘的なサウンドはまさにホルストの面目躍如で、大変に魅力的だ。

続いて Oboe にややメランコリックな第2の旋律が現れ、Piccolo によって繰り返される。

そして第1の旋律が 密やかに Violin に戻ってくるが、ほどなく Harp の低音の独特の響きで仕舞われ、そこから湧き上がるように第3の旋律が現れる。

ここでは Flute の朗々たる低音域の魅力を存分に聴かせてくれるのだ。

第3の旋律が Viola と Cello でしめやかに繰り返されると、Clarinet - Flute と受け継がれる美しいアルペジオの伴奏のもと、Violin が第2の旋律-第1の旋律とさらりと回顧して静かにこの舞曲を終う。

この一連の多彩な音「色」の移ろい- その絶妙さには洵に感じ入るばかりである。


そして Fagotto が遠く、続けて Horn が力強く召喚のテーマを響かせると、炎の精霊がやってくる。



Ⅳ. 炎の精霊の踊り Dance of Spirits of Fire

低音から高音へとベルトーン風に駆け上がるエキサイティングな導入で、で最後の 「炎の精霊の踊り」 を迎える。


この「炎の精霊の踊り」 においても、 Trombone が非常に効果的に使われている。燃え盛っては鎮まり-を繰り返しながら勢いを増していく炎の様子や、クライマックスへの口火を切る劇的な16分音符の楽句などを担っているのである。








エキサイティングに突き進むこの舞曲において、エネルギッシュな低音の8分音符のビートは絶えることなく、また二度繰返される全合奏での4分音符3拍は、まさに燃えるようなサウンドを大迫力で響きわたらせる。

そして Piu mosso で極限まで高まった緊張感を TempoⅠで一旦ふわっと緩めてから、最大のクライマックスに向かわせる構成は、ドラマティックさを一層際立たせているのである。


クライマックスを超えると Flute ソロを合図に一層静まってテンポも落とし、Cello と Cor anglais のソロが最後の召喚のテーマを奏して、組曲「惑星」の ”水星” を髣髴とさせるコーダへと入る。 動きが止まり静謐がしみわたったその瞬間、突然の全合奏の一撃で劇的に全曲の幕を閉じる。



■推奨音源

近年この作品の音源はかなり増え、そのいずれも一定以上のレベルを担保した演奏である。

特にプロフェッショナルな楽団ならば ”水の精霊の踊り” については問題なく楽曲の魅力を発揮できているようだ。従って推奨音源の選定にあたってはそれ以外の部分、特にⅠ. アンダンテ ~Ⅱ. 大地の精霊の踊り にかけての音楽的な説得力/魅力に注目した。


マルコム・サージェント cond.

ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団

非常にコントラストに富んだ演奏でありながらテンポ設定が絶妙であり、音楽の流れが実に心地良い名演。

”大地の精霊の踊り” クライマックスでのダイナミックなサウンドとスケールの拡がりは特筆できる。






チャールズ・マッケラス cond.

ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニック管弦楽団

端的に言って ”器が大きい” と感じさせる好演。

冒頭の Trombone ソリからして実に堂々としており、これに始まって最後までスケールの大きな演奏を展開している。







リチャード・ヒコックス cond.

BBC ナショナルオーケストラ・オブ・

ウェールズ

この作品の魅力を明快に捉え、そして明快に聴かせていると感じさせる好演。

場面場面であるべき姿を示すとともに、"聴かせどころ” を確り押さえている。







【その他の所有音源】

 エイドリアン・ボールト cond. ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

 エイドリアン・リーパー cond. グランカナリア・フィルハーモニー管弦楽団

 ダグラス・ボストック cond. ミュンヘン交響楽団  マイケル・スターン cond. カンザスシティ交響楽団 

 ウイリアム・ボートン cond. フィルハーモニア管弦楽団

 ユーディ・メニューイン cond. イギリス室内管弦楽団

 アンドレ・プレヴィン cond. ロンドン交響楽団

-Epilogue-

この ”歌劇 「パーフェクト・フール」 よりバレエ音楽” はホルストの知られざる名曲、といったところになるだろうが、もっと演奏され、もっと広く聴かれ楽しまれて良いはずである。

吹奏楽においても既に演奏されてはいるが、全く活発ではない。吹奏楽の新たなレパートリーとしても本格的に注目すべき作品と思料する。

特にトロンボーン奏者なら、何としても演奏したい楽曲のはずである!



<Originally Issued on 2006.11.3. / Revised on 2008.6.6. / Further Revised on 2024.6.6.>


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