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神の恵みを受けて

更新日:11月8日

To be Fed by Ravens

W. F. マクベス William Francis McBeth (1933 - 2012)


-Introduction-

今の若い世代は 「マクベス」 を知っているのだろうか-。

元々好き嫌いの分かれる作曲家ではあったのだが、近年では演奏機会が激減しているのではないかと思う。唯一現在でも人気と思われる 「マスク」 や、最高傑作と云われる 「カディッシュ」 の他にも、マクベスは ”これぞ吹奏楽” という作品を多数遺している。

重い、或いは暗い作風が今風ではないのかも知れないが、劇的さや迫力、重厚なサウンドといった独特の強烈な個性を持ち、聴く者の心を動かす力のある作品群である。この 「神の恵みを受けて」 をはじめとしてぜひ再評価されてほしいものだ。


■楽曲概説

✔題名の表すもの

                          "Elijah Fed by the Ravens" by Paolo Frammingo (1540-1596)


「神の恵みを受けて」 の原題は 「烏(カラス)によって養われる」 の意、旧約聖書/列王記 上 第17章~ 下 第2章に登場する 預言者エリヤ (別称:エリヤフ) のエピソードを指すものである。


作曲者 ウイリアム・フランシス・マクベス は、自身をテキサス州のバンド指導者たちの支持と精神的な支えによって育てられた作曲家であると認識しており、そのことに対する感謝を込め、旧約聖書のエピソードになぞらえてこの曲を作曲した。

それゆえ、後半部に現れる旋律はテキサスのフォークソングを元にしているという。


【参考・出典】 秋山紀夫 「吹奏楽曲プログラム・ノート」 (エイト社)



  ※使用楽曲

   「テキサス・レインジャー・ソング」 (Texas Rangers Song)

   「メキシカン・デグエラ」(英文題名不詳)

   「グリーン・グロー・ザ・ライラックス」 (Green Grow the Lilacs)


本作品の題材となったエリヤ (Elijah) は旧約聖書において、モーゼと並び称される偉大な預言者とされている。「第七の封印」 「カディッシュ」 をはじめとして、宗教的な題材による作品を多く発表しているマクベスだが、直接的な作曲動機はともあれ、彼が預言者エリヤの苦難とそれを超えた後の活躍を描く意図でこの 「神の恵みを受けて」 (1974年) を書いたことはこれもまた間違いのないところであろう。


  ※尚、この「神の恵みを受けて」という邦題は、原題の直截さを和らげつつ内容的にも納得できる、大変ふ

   さわしいものだと思う。 


✔預言者エリヤのエピソード

預言者エリヤの登場する列王記は、ダビデ王の晩年に始まりこれを継承したソロモン王の治世 (吹奏楽でも高名な「シバの女王ベルキス(レスピーギ)」の題材)、そしてイスラエルの分裂とユダ王国の様子を描く。

旧約聖書に収められた歴史書の一つであり、どのエピソードも大変興味深い内容だが、その中でもエリヤの苦難と活躍、そして栄光は神秘的かつ印象の際立ったものといえよう。


  ※メンデルスゾーンも「エリヤ」を題材にしたオラトリオを遺している。


エリヤという預言者のことが、如何に描かれているかを端的に云うならば、

「異教と対決し、為政者を糾す真の ”神の人” 」

ということになる。

エリヤは預言者として立ったのち、異教に惑っていることを批判して災い (=旱魃) の発生を予言したことが疎まれ、北イスラエル外に逃亡を余儀なくされる。

そのエリヤに対してヤーウェ神は涸れ谷に隠れ住むよう指示し、烏(カラス) によってエリヤを養うことを約すのである。


ヤハウェの言葉がエリヤ(エリヤフ)に臨んだ。

「ここを去って、東へ向かい、ヨルダン河を見降ろすケリト涸れ谷に身を隠し、その涸れ谷の水を飲め。わたしは烏に命じて、そこでお前を養わせる。」

彼は去って、ヤハウェの言葉通りにした。

彼はヨルダン河を見降ろすケリト涸れ谷に住んだ。烏が朝にパンと肉を、夕べにもパンと肉を彼のもとに運んできた。彼は涸れ谷の水を飲んだ。

                                          (列王記 上 第17章1-6 )


旱魃が続いて水が完全に涸れた後は、再びヤーウェ神の啓示によって居を移し、極貧の寡婦に養われるようになる。そこでその寡婦の亡くなった息子を甦らせるという奇蹟を示し、”神の人” と称されるようになるのである。

そしていよいよ、異教 (バアル、アシェラ) の何百人という預言者に、たった一人で立ち向かう ”カルメル山での対決” に臨む。エリヤは ”神の火” を下らせてこの対決に勝利し、 「何が ”真の神” たるか」 を人々に覚醒させるのだ。さらにエリヤは、ナボトの葡萄畑を奪おうとしたアハブ王を 「ヤーウェ神の教えに反する」 と厳しく糾弾し、革命が起こると予言する。


このように苦難を受けながらも、ヤーウェ神の真の預言者として活躍したエリヤは、後継をエリシャに頼んだ後、炎に包まれた馬と戦車に迎えられ、つむじ風に乗って天へと召されていくのであった。-あの ”烏によって養われていた” エリヤが、である。

最期にエリヤが浴した輝かしい栄光と、忌避されるものに養われたというエピソードとのギャップが、ますます物語を印象深いものとしている。


【参考・出典】

 「列王記」

  池田 裕 / 旧約聖書翻訳委員会 訳

  (岩波書店) 







■楽曲解説

「神の恵みを受けて」 はマクベスの特徴である ”劇的さ” を極めた楽曲となっている。

緩やかで厳かな第1の楽章とスピード感のあるエキサイティングな第2の楽章から成り、これらが続けて演奏される。


底辺とも云うべき苦難の日々から、それらを超えて栄光の瞬間へ-まさにエリヤ伝を端的に表す楽曲であろう。


マクベスの楽曲の中でも、最も打楽器が活躍する作品であり、打楽器奏者には優れた技量と表現力が要求されている。



✔第1の楽章 Drammatico 4/4  ♩=56-60

この楽章においてマクベスは ”音量” の設計が全てだとコメントしている。 p の中で切り込んでくる木管高音に ff ニュアンスを求め、全般に記載されたダイナミクスの指示を確り守るよう、求めている。


曲は、Gong と Chime を伴った、低音群の重々しく荘厳なサウンドで開始する。

続いて Clarinet と Horn が歌いだす息の長い旋律が醸しだす雰囲気は神秘的で、幻想的だ。


如何に音楽が高揚しても、全曲がこの雰囲気に支配されているのである。最初の高揚が収まったのちの Trumpet (Cornet) も夢幻的であり、Viblaphone と Glocken の響きが加わってそれを一層深めている。


やがてじりじりと昂ぶっていく音楽-上昇音型の高音楽器群と、下降音型の低音楽器群が応答を重ねながら頂点に向かい、まさに絶唱となる。マクベス・サウンドの劇的さの真骨頂である。

それがすうっと静まって Viblaphone と Glocken の醸す響きが戻って来て、音楽はまたさらに幻想的となり、遠く遠く消えてこの楽章を終う。


✔第2の楽章 Suspensefully but with drive 12/8 ♩=94-96

密やかだがスピード感のあるオープニング。ややくぐもったような低音群の響きと蠢く打楽器群によって、緊張感が高まる。


徐々に楽器の数を増やし、放射状にダイナミクスとヴォルテージを上げ、遂には鬼気迫るChime の乱れ打ちが鳴り響くや、とどめとばかりに急激なクレッシェンド! そしてその頂点で、3群の Trumpet による壮麗なファンファーレが響きわたる。



その鮮烈さは ”これぞ圧巻” -アンティフォナルに響きあうラッパの音は、聴くものの心を否応なく興奮させるだろう。


  ※マクベスは練習番号 L から M までの間のこのファンファーレにおいて、2nd & 3rd Trumpet のアタック

   (入り) を充分明確とするよう指揮者に注意を促している。


その楽句を Horn が短く反復した後、打楽器群とベルトーンの積み重ねによってブレイクして快速なテンポの Forcefully ♩=152 に転じる。扇情的な Clarinet のトリルに導かれて HornとEuphonium に凛とした旋律が現れ、さらに引き締まった表情の音楽が展開していく。

ここでも打楽器は縦横無尽の活躍だ。


そして再び Trumpet 群によるファンファーレが奏され、音楽は一層高揚して最大のクライマックスへ。


文字通り炸裂する高音がテンションをギリギリまで引上げ、バンド全体が変拍子で豪快に鳴動する、そのダイナミックさ!

・・・あまりに劇的だ。


打楽器群の壮絶なソリと木管のサウンド・クラスターに導かれて終結部となり、最後の瞬間までエネルギーを漲らせていく。










「神の恵みを受けて」 は、マクベスの特長を存分に発揮している楽曲であるのはもちろんのこと、構成面の完成度が非常に高いと思う。

楽曲全体を俯瞰してみて、各部分の色彩やダイナミクス、コントラストの配置が洵にバランスよく、絶妙に一つの音楽としてまとまっている。このことが楽曲に深みを与え、題材である旧約聖書にふさわしい世界を表現しきったといえよう。


  【参考・出典】 マクベス自作自演集 「McBeth conducts McBeth Vol.2 」 所載のプログラム・ノート


■推奨音源

大橋 幸夫cond.

フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル

構成感に優れ、細部のニュアンスまで行き届いた名演。終盤クライマックスの Trumpet が (無理からぬも) もはや悲鳴なのはやや残念だが、「第2の楽章」 冒頭のコントロールされた放射状の盛り上がりは見事で、抜群の出来映え。


・・・あらんことかLPのみしかなく、洵に残念ながらCD化されていない!




フランシス・マクベスcond.

テキサス工科大学シンフォニックバンド

作曲者マクベスの自作自演盤、実演としてはこちらの方が現実的か。大変熱情的な演奏で、粗もあるが意思の感じられる好演。








         テキサス工科大学シンフォニックバンド(LP版 「McBeth conducts McBeth Vol.2 」ジャケットより)


-Epilogue-

「神の恵みを受けて」 は必要とされるテクニックやスタミナからして、マクベス作品の中でも一番の難曲では?とも思わされる。スコアをみると想像以上にスッキリと書かれてはいるが、一つの楽曲として聴かせる俯瞰力も必要となるのである。


この曲については、1980年の全日本吹奏楽コンクールで見事金賞を受賞した市立川口高校の演奏が最も有名だと思われる。当時大変インパクトを与えた演奏ではあったが残念ながら、かなり大きなカットがあってこの曲の全貌を示すものとは云えない。

前述の通り元々音源が乏しいうえに、このこともこの曲の認知度を下げてしまっている。


マクベス作品の中でも屈指のものであるから、もっともっと演奏されて然るべきと思う。

ぜひ再評価・新録音を期待したい。



<Originally Issued on 2008.11.29. / Revised on 2012.1.25. / Further Revised on 2024.1.23.>



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