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[音源堂コラム④] 追惜 そして改めて感謝 -岩井 直溥先生

-Introduction-

2014年5月10日、岩井 直溥先生が逝去された時の喪失感は10年以上の月日が経過した今でもありありとよみがえる。


真に吹奏楽を愛しその未来を慮っておられた音楽人-それが ”吹奏楽ポップスの父” 岩井 直溥先生だった。


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■吹奏楽界の偉人

岩井 直溥

全日本吹奏楽コンクール課題曲として

「シンコペーテッド・マーチ 明日に向って」「ポップス・オーバーチュア 未来への展開」「ポップス描写曲 メインストリートで」「ポップス変奏曲 かぞえうた」 「ポップスマーチ すてきな日々」 「復興への序曲 夢の明日に」の6曲を提供、このポップス課題曲と「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズを生み出し、吹奏楽に本格的なポップス演奏を導入したその功績の大きさは測り知れない。


また 「ニュー・エイトの会」 のメンバーとして吹奏楽オリジナル曲の開発にも尽力し 「あの水平線のかなたに」 「渚の詩」 「華麗なる躍動」 などを上梓するとともに、「三角帽子」 (M.ファリヤ) や 「シンフォニック・ダンス」 (L. バーンスタイン) などクラシック曲の名編曲でも知られる。


第二次世界大戦後の復興から高度成長に向う中、アーニー・パイル・オーケストラやフランキー堺とシティ・スリッカーズでの活動をはじめとして、日本のポピュラー・ミュージックの急速な発展の真っ只中で大活躍したその実力と経験に裏打ちされた優れたアレンジは、吹奏楽に文字通り ”新風” を吹き込んだのだった。 【参考・出典 】

 バンドジャーナル別冊「ザ・シンフォニックバンドVol.3」岩井直溥・特別寄稿”マイ・ウェイ”

【関連記事】

 シンコペーテッド・マーチ「明日に向って」 (h-ongendo.com) ■ニュー・サウンズ・イン・ブラス

1972年に岩井 直溥がスタートさせた 「ニュー・サウンズ・イン・ブラス (以下 NSIB )」というプロジェクトは、洵に画期的なものであった。


これはそれ以前から岩井 直溥が取組んできたポップス・マーチの編曲や、市民バンドと連携したプロトタイプ的活動を経て世に送り出された。NSIB 誕生の原動力となった岩井本人をはじめ、実力派アレンジャーを揃えてスコアを作りデモ演奏音源とセットで販売する-これが目覚ましい成果を挙げたのである。









第一に吹奏楽界は 「お堅いクラシックはよく判らん」 という顧客層にも楽しんで貰えるレパートリーとその演奏ノウハウを手にすることができ、吹奏楽ポップスは演奏会や各種イベントにおいて絶大な支持を獲得した。

今やここまで吹奏楽形態にポップス演奏が定着しているのは日本だけだ。そこに至ったのには NSIB が選曲・アレンジ・デモ演奏のいずれに於いても、従来の吹奏楽ポップスと比べて一味違う質の高さを誇っていたことが大きい。


第二に、吹奏楽のプレイヤーたちに実に幅広いジャンルに亘る素晴らしい名曲の数々と触れる機会を与えてくれた。私などは吹奏楽でのポップス演奏をきっかけにジャズやラテン名曲に強い関心を抱き、原曲にも接してその大ファンになっていった。

一生モノで愛好する音楽の世界を、大きく拡げてくれたのである。


岩井 直溥は ”吹奏楽ポップス” について、次のように語っていた。

「あまりめちゃくちゃにジャズるような雰囲気のポップスとは、また違うんじゃないかしら、吹奏楽の場合は。そこまで持ってっちゃうと、まとめきれないと思う。例えば、もうサックスなんてのは、向こうのフルバンドだと、みんなベンドで入ってくるでしょ、ウィーン、ウィーンとね。あんなのやろうって言ったってね、なかなかできないから。だから、日本の吹奏楽のジャズというか、ポップスというのは、また別の分野になってる気がしますよ。で、かえってそれでいいんじゃないかなって。」

蓋し達観だと思う。 ”吹奏楽ポップス” また別個のジャンルとして捉えていたようでもあり、また常にこう願っていた。

「(中略)でもそれが本来のポップスの姿じゃないでしょうかねー。吹いて楽しむ側にもっと自由があってもいい。というよりそれが、うんとあって欲しい。」


【出典】 NEW SOUNDS IN BRASS Official Handbook (2000年) ■音源堂の選ぶ 「岩井アレンジ BEST」

♪アクエリアス (輝く星座)

ミュージカル「ヘアー」の大ヒットナンバー。NSIB草創期において屈指の難易度の高さでアレンジされており、大人なムードでなかなかにカッコイイ!Soprano Sax.&Tenor Sax.のエネルギッシュなアドリブ・ソロと、全編を通じてイカしたバッキングやエレキベースが印象的である。ダル・セーニョ前の Baritone Sax. の音色を効かせたベースラインも鮮烈。 アフリカン・シンフォニー

岩井アレンジの代名詞、吹奏楽にピッタリなヴァン・マッコイの原曲をこれまたドンピシャにアダプトした傑作。Horn 奏者はみな ”雄叫び” に燃えることだろう。

スケールが大きく豊かなサウンドで鳴るこのアレンジは、今や吹奏楽のためのオリジナル曲と紛わんばかりの定番レパートリーとして愛奏され続けている。


♪ボレロ・イン・ポップス

ラヴェルの 「ボレロ」 を4拍子のラテン・アレンジに仕上げた逸品。駒澤大学が1982年の全日本吹奏楽コンクールにおける招待演奏にて披露したもので、非常にハイセンスかつエネルギーにも満ち溢れた名アレンジ。原曲よろしくさまざまな楽器に次々とソロが受け継がれていく多彩さはもちろんのこと、イントロで gliss down するエレキベースをはじめ、細部に至るまで洒落た工夫が煌めいている。とにかく本当にセンスがいい!

ぜひ駒澤大学の Live 録音(画像)でお聴きいただきたい。



ゴッドファーザー Part Ⅱ ”愛は誰の手に”

メロウで ”男前” 極まる Trumpet ソロを全面にフィーチャーした名作。

大ヒットとなった「ゴッドファーザー」の続編としてフランシス・コッポラ監督が1974年に公開した映画の主題曲。「ロミオとジュリエット」 「太陽がいっぱい」 などの名作で知られる映画音楽界の巨匠ニーノ・ロータの手になるものであり、アカデミー作曲賞を受賞している。曲想は今風ではないかもしれないが、私はこの ”華麗な渋さ” が堪らなくイイと思う。


録音でソロを担当した羽鳥 幸次 の輝かしく厚みのある音色、素晴らしい歌が Trumpet の魅力を充満させたこのアレンジに完全にマッチしていた。


 ※「真っ赤なスカーフ」( 「宇宙戦艦ヤマト」 エンディングテーマ) のオブリガートも羽鳥幸次の演奏とのこと、納得!


ヘイ・ジュード

ビートルズの名曲中の名曲、このアレンジはイントロの華麗な Trumpet ソロがとても印象的!ビートルズの楽曲は ”曲格” が高過ぎて、吹奏楽にアダプトするのは却ってなかなか難しいのだが、本作は原曲の良さを吹奏楽の機能と上手く融合させて楽しませる。

NSIB 草創期のアレンジの中でも名作の一つに数えられる。


メイム・メドレー

ミュージカル 「メイム」 からのメドレー。

ミュージカルらしいオープニングとエンディングはもちろんのこと、スウィングありデキシーあり、タップダンスを模したサンドペーパーのソロや、メロウでロマンティックな Euphonium のソロなども配した多彩なアレンジとなっている。


できるだけ多くのプレイヤーに花を持たせようという、岩井先生の創意工夫そして何よりバンドに対する愛情があふれる名作。





ティコ・テイコ

快速でめまぐるしい動きによってノリにノる佳曲。

鮮やかに揃わなくてはカッコつかないので、ポップスなのに木管楽器の奏者たちがよく習わされていたのを思い出す。 (笑)


終始アップテンポ、陽気で一気に駆け抜ける曲想がコンサート

・プログラムの中で貴重な存在であり、とても頻繁に演奏される大人気曲だった。

















♪ブルーレディに紅いバラ

カウント・ベイシー・オーケストラ版を下敷きにした素敵なアレンジ。岩井作品にはこうした ”ジャズ・トランスクリプション” 的なものも幾つかあるが、その中でもこのアレンジは出色で、美しく艶やかなメロディをはじめとするこの楽曲の持つ素の魅力を吹奏楽で見事に再現している。”音楽演奏の入口” としての役割も果たす吹奏楽においては、こうしたアレンジも大変に価値がある。

東芝EMI (当時) から発売された 「実践吹奏楽指導全集」 に収録されたもので、福田 一雄cond. 東京佼成ウインドオーケストラによる録音もある。 (画像参照)


♪汽車の歌メドレー

往年の鉄道唱歌から「汽車ポッポ」(草川 信)~「汽車ぽっぽ」(本居 長世)~「汽車」(大和田 愛羅) をメドレーにした作品。 汽笛や蒸気の擬音はもちろん、ピストル・ラッパ・スライドホイッスル・フライパン・ピリピリ笛も使い大変ユニークだが、何よりエネルギッシュでノリノリ!そして結構難度が高いハイスペックなアレンジであり、原曲もそしてこのアレンジも忘れ去られることなく愛唱/愛奏されてほしいと願わずにはいられない。 終盤は Trumpet をオクターブ上げたりターンを加えることで更にカッコ良くなる。天野 正道cond. 東京佼成ウインドオーケストラによる優れた録音もあり (画像参照) ぜひ聴いてみていただきたい。


恋のカーニバル

セルジオ・メンデスのこの陽気なサンバを吹奏楽に…と目をつけた時点でもう満点。吹奏楽への愛情とサービス精神旺盛な岩井先生にとっても、Tuba ソロ (原曲にもある) にスポットライトをあてることのできた本作は会心の一作だったのではないだろうか。


サンバのナンバー自体としても大変に魅力的、会場と一体になって大盛り上がりになること請け合いだ。





♪君住む街角

ミュージカル 「マイ・フェア・レディ」 のナンバーを全編 Trombone ソロ・フィーチャーでアレンジ。

途中ルンバも挟みつつ、モデラート・スウィングでカッコ良くグルーヴする傑作。


全編 Trombone ソロの吹奏楽ポップス・アレンジはなかなかないので本当に貴重、アドリブも大半は書き譜が用意されているので、それを使っての演奏も可能である。






♪誰かが私を見つめてる

ミュージカル 「オー・ケイ!」のナンバーにしてガーシュインの代表作を、4声の Trombone セクション・フィーチャーで聴かせる。誰もが知る名旋律を Trombone のハーモニーが彩り、ややテンポを上げた中間部では4本の Trombone 全員にアドリブ・ソロを回す粋なアレンジ (書き譜あり) であり、力のあるTrombone セクションを擁しているなら絶好な一曲。これもまた吹奏楽ポップス・アレンジとして洵に貴重な存在である。


踊りあかそう

私にとって岩井アレンジの最高傑作はこの作品!

ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の大ヒットナンバーだが、ゴージャスなミュージカルショー・サウンドのイントロとエンディングを配し、悠々とノるチャチャ、活力漲るディキシー、そしてポップス・マーチと”踊りあかそう”の名旋律を実に多彩に聴かせる完成度の高い傑作。

中でも白眉は何と云っても生きいきとした推進力に惹きつけられるポップス・マーチであろう。

岩井アレンジの真骨頂がそこにある…最高!



叙上の他にも 「黒いジャガーのテーマ」 「サー・デューク」 「サウスランパート・ストリート

・パレード」 「パリのあやつり人形」 「ベンジーのテーマ」 「ハッスル」 など想い出深い ”岩井アレンジ” の数々…こうした曲たちとともに、随分たくさんの愉しい時間を過ごしたなあという感慨が、已むことなく湧き起こる。岩井先生には改めて感謝の言葉しかない。


■そして岩井先生は ”吹奏楽の父”

私は1985年の「普門バンドフェスティヴァル」にて初めて ”生” の岩井先生の雄姿を拝見した。

真っ赤なド派手衣装で東京佼成ウインドオーケストラを指揮し、新譜を次々と披露されたのだが、中でも 「恋のカーニバル」 の演奏で満面の笑顔とともに 「テューバ!」 と高らかな声でソロをコールされていた姿が印象的だった。

( カッコ良かったなあー。)



岩井先生は 「吹奏楽」 を慈しみ育て、吹奏楽のことをずっと心配し続けて下さった ”父” でもあった。

「もっと若々しい個性的なバンドのカラーを打ち出すような演奏を」

「感動性をもった音楽を作り、一人でも多くの人に喜んでもらえる演奏が音楽の本質」

ずっとこのように願っておられた岩井先生は、1978年の全日本吹奏楽コンクール課題曲・ポップス変奏曲「かぞえうた」を通じて究極の表明をする。


何とこの曲は”課題曲”なのにもかかわらず、テンポの標示がない(!)。

デモ演奏は存在したが

「何ら色づけをしない素顔的な演奏ですので、これを手本的なものとはお考えにならないように。これにいろいろなお化粧をし、美しくまた躍動的にするのは皆さん方の解釈だと思います。どうか皆さん、ぜひ豊かな表情のある個性的な楽しい演奏をしてくださるように期待しております。」

というのが作曲者=岩井先生のコメントだった。

ただし上品に、との注意も添えて…。


【出典】

  「ポップス変奏曲 かぞえうた」 スコアの作曲者コメント

  バンドジャーナル特集「(1978年度) 課題曲演奏へのアドバイス」

 ※上記バンドジャーナル記事では岩井先生自ら”ポップス演奏のツボ””個性的な演奏をするということ”について

  語られているので必見!   尚、残念ながら当時の大分県大会あたりだと、確かに個性的だがダッサいテンポ設定の(やや品のない)演奏が

  ちらほら見受けられたことも事実である…。(苦笑)


-Epilogue-

「個性的で上品な演奏を」という岩井先生の言葉は私の座右の銘。

岩井先生の遺された音楽はもちろんのこと、その言葉も私の中で生き続ける。きっと多くの吹奏楽ファンにとってもそうであろうことを、切に願う。

岩井先生がこの世を去られた当時、広がった喪失感はとてつもなく、大ファンとしてただただ残念でならなかった。しかし月並みな言い方になるが、「岩井先生の作品は吹奏楽界で永遠に生き続ける」のだ。絶対にそうだ。

名アレンジによってまた別の命を得た名曲の数々は奏者と聴衆とが一体となった ”音楽の愉しみ” を、その演奏のたびに与え続けてくれることだろう。


今改めて、岩井先生に心からの感謝と追惜の意を捧げたい。

岩井先生、本当に本当に有難うございました…。



<Originally Issued on 2014.5.19. / Revised on 2024.5.13.>

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