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風 紋

更新日:5月19日

Fu-Mon    保科 洋 Hiroshi Hoshina (1936- )


-Introduction-

吹奏楽界の最大のイベントにして関心事である「全日本吹奏楽コンクール」は出場団体が課題曲と自由曲を演奏しその評価を競うものだが、「風紋」は1987年度の課題曲として委嘱され1986年に作曲された。

数多い全日本吹奏楽コンクール課題曲の中でも、最も人気の高い名作と評される。

 

全日本吹奏楽連盟の頒布した「風紋」の「参考演奏」の演奏時間は5 ’13 ”。1987年度の課題曲は5曲だが、他の曲とは0 ’34 ”から最大で2 ’06 ”もの差がある「長い曲」だった。制限時間のあるコンクールで、自由曲との兼合いを考えれば長い課題曲は選びたくはないものだ。

それにもかかわらず、全国大会での選択率は39.0%、支部大会ベースでは45.8%という高い支持を得ていた※ のだから、当時から人気は極めて高かったのだ。

そして、現在に至ってもその人気は衰えていない。1987年当時この曲を演奏した世代だけではなく、完全に次世代へと受け継がれている観がある。

※詳細は左表。

東北、北海道ととりわけ北日本の支持率がもの凄いのが特徴的である。

私が現在所属している楽団のメンバーはこの地域出身者が多いが、やはり皆この曲が大好きである。その魅力は殊に北国の人たちを惹きつけて已まないようだ。

データ出典:吹奏楽コンクールデータベース


■作曲者の想いと「原典版」の存在

課題曲としては長い、のは事実なのだが、作曲者・保科 洋としては (課題曲としての) 時間的制約から中間部の構想を断念したことを、大変残念がっていた。

「『風紋』は、当初の発案では課題曲としては長すぎる内容であった。そのため、制約時間に合わせて縮小して録音に立ち会ったという苦い記憶がある。ところが、コンクールにおける各団体の演奏を聴いている間に、この曲なりにまとまった内容を持っているかのように洗脳(?)され、妙な安堵感を持たされた経験を思い出す( 作品とは、子どものように生みの親の想いに関係なく自立して行くものなのであろうか)。」                          (保科 洋のコメント)

そのため当初構想に基づきVivaceの主部に中間部を充填するとともに、それに伴って生じる部分的修正およびバランス、ダイナミクスの修正も数ケ所で行った 「原典版」 を1999年に上梓した。現在では 「課題曲版」 「原典版」 のいずれもが演奏 されている。

   ※尚、本稿は解説・引用ともに「課題曲版」に基づいている。


■楽曲解説

「曲名の『風紋』は、砂丘や砂漠に風によって描かれる紋様のことですが、私としては砂に作られた紋様よりも、むしろそれをつくる風の様相のイメージを描いたつもりです。」

「曲名の『風紋』は特別な意味はありません。強いていえば前半の曲想のイメージや速い部分の f、p の対比の表情に関しての主観的な印象ということでしょう。」

-保科 洋はこのように述べ、本作が情景描写的な音楽ではないことを示唆している。

 しかしながら、大自然が織りなす ”風紋” の態様、そしてそれを望む風景はファンタジックで実にインパクトが強いものである。

敢えてその ”風紋” そのものというより、それを形成した ”風” に想いを馳せたというのが面白いと思う。

その視点にも、本作が情景というより寧ろ心裡描写の楽曲であることが現れているだろう。


Andante(♩=76-80)の静謐にして抒情的なアルペジオによるファンタジックな序奏に始まる。

この4小節からして作曲者が腐心したとコメントする ”移ろい” -心理的、情緒的雰囲気を感じさせられないだろうか。


「古い教会旋法の自由さを活用しています。したがって、メロディにも和声にも、調的に臨時変化したように感じる音が頻繁に現れます。」

との前半部の段階で、あっという間に聴く者の心を捉えて離さない。







その抒情的で美しい旋律は、圧倒的な魅力を持っている。

所謂対位的な動きがこの旋律に絡み、各楽器の音色も効果的に発揮され、さまざまな要素が渾然となって色彩の変化を綾なしていくのは感動的の一語に尽きるというほかない。

やがてカップ・ミュートをつけた Trumpet+Trombone が、楽曲後半を支配するリズミックな楽句を提示し印象付ける。

これを経て旋律が一層ふくよかに歌われていくのが洵に嬉しい。

そして徐々に生命感を強めて高揚をみせた後、先ほど提示されたリズミックな楽句が拡大してダイナミックに奏され、前半のクライマックスを形成するのだ。


雄大な音風景の余韻が鎮まり、ぼやけた光景は Timpani ソロの鋭いモチーフ提示で一瞬に空気が変わる。

転じたVivace(♩=160)はエネルギッシュなのに深遠な情感も満ちた音楽だ。

幽かに始まったモチーフの応答が放射状に高揚していくスリリングな導入に続き、美しく瑞々しい旋律が大きなスケールで歌われる。

高揚が静まってpで密やかに奏される旋律の後半部分では、Piccolo の弱音が大変に魅力的であり、ジーンとした感動を覚えてしまう。


この旋律のカウンターが、艶のあるハーモニーと生命感あふれる抑揚で風を描写するTrombone…!

本作の聴かせどころの一つである


Vivaceの部分では前半に提示されたリズムパターンがさまざまな楽器に受継がれながら絶え間なく奏され、

緊張感とスピード感を与え続けている一方、低音はリズムを刻むのではなく対位的に動き続けるのが興味深く、特徴的。その ”歌う” 低音が本作の情緒を一層深めていると云えよう。


再びモチーフの応答でブレイクすると、リジットな木管群のリズムパターンをバックに低音楽器群が朗々とした新たな旋律を奏でる。

この旋律が Trumpet も加わって繰り返されるのだが、そこでの低音のカウンターのインパクトがまた印象的である。

※尚、ここのシークエンスでは練習番号11でトライアングルに、同12でサスペンション・シンバルに特徴的な

  リズムが登場するが、このリズムが練習番号12に入ると潜ってしまう演奏が多い。この部分にしか出てこな

いリズムパターンが繰り返されるものであるだけに、それだと違和感が生じてしまうのだが…。

 

再び旋律が戻ってきて高らかに歌われた後に急に静まり、そこから4小節のクレシェンドを経て、テュッティで奏される伴奏のリズムパターンと打楽器の応酬するエキサイティングなff へ!

meno mosso となって興奮を鎮め余韻の中で揺蕩う楽想を挟むが、再び Tempo I (♩=160)となって最後にして最大のクライマックスへと向かう。

アラルガンドを経てスケールを一層拡大したこのmeno mossoでは、前半と後半の主要旋律がマリーして壮麗に奏され、全曲の帰結感を否応なく高めて感動を誘わずにはいない。

 

終幕は一気呵成の快速なコーダに突入し、Timpani ソロで生き生きと、しかし毅然とした表情で締めくくられる。


■推奨音源

佐渡 裕cond. シエナウインドオーケストラ

緩舒部分で存分に歌い、またVivaceの主部ではTromboneの表現する”風”を確りと聴かせる、非常に情熱的かつ抒情的な演奏。

練習番号11だけでなく12でも打楽器に現れる特徴的なリズムを確りと浮き立たせているのはこの演奏だけ。綿密なアナリーゼを積極的な表現で現出した好演。




山岡 重信cond. 東京佼成ウインドオーケストラ

参考演奏として広く知れ渡った演奏。

Vivaceの主部で抒情的に歌われる Piccolo (+Flute, Fagotto, Euphonium, Alto Sax.)による旋律後半の ”密やかさ” のニュアンスが秀逸。

この部分は他の追随を許さない。




木村 吉宏cond. 大阪市音楽団

”原典版” 初演収録。

10年を超える歳月を経て作曲者の原構想を呼び返し、それを伝える。







保科 洋cond. シエナウインドオーケストラ(Live)

作曲者自作自演。

シエナウインドオーケストラの20周年記念コンサートのLive録音だが、そこで初めて自作自演による録音が実現した。

作曲者のニュアンスを感じ取ることができよう。

 

 



【その他の所有音源】

鈴木 孝佳cond. TADウインドシンフォニー (Live) [原典版]

山下 一史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ

木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ

小林 恵子cond. 東京佼成ウインドオーケストラ(Live)

渡邊 一正cond. 東京佼成ウインドオーケストラ

木村 吉宏cond. フィルハーモニック・ウインズ大阪(Live)

現田 茂夫cond. 大阪市音楽団(Live)

 

-Epilogue-

周到な構成に美しく魅力的な旋律、メリハリの効いた高揚と明確なクライマックス設定、聴いているものを飽きさせることのない色彩の変化…

しかもそうした美点が一本調子でなく、サイズやニュアンスを変えてさまざまに示される。-「風紋」は”課題曲”の枠を超えた、紛うことなき ”吹奏楽の名曲” の一つに数えられるだろう。



     <Originally Issued on 2014.10.8. / Revised on 2022.5.22. / Further Revised on 2023.11.2.>





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