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海の肖像

更新日:6 日前

Sea Portrait -A Tone Painting

H. C. ラガッシー Homer C. LaGassey  (1902-1982)


-Introduction-

「この ”音の絵” は海の見せるあらゆる姿を捉えている。瞑想するかの如く穏やかに静まった海、或いは猛威を振るう大嵐の海。また暴風の吹き荒れる暗い夜の海、そして昇りゆく朝陽の希望に満ちた光に包まれた海を-。」   

      -出版元 Kjos社HPの楽曲解説より


海のさまざまな姿、表情をごく描写的に絵画の如く音楽にまとめた作品とされる。もちろん映像的な要素も多分にあるのだが、海にまつわる思い出とその回想、そして海に対する愛着や畏敬-そういった情念的なものを描出する音楽としての側面が、私にはより強く感じられる。

そこに描かれた海は、たとえ如何に荒れ狂う姿をみせようとも、やはり最後は大らかに我々を包み込む超越した雄大な存在であり、神々しいまでの美しさを感じさせるものだ。

「海の肖像」はそうした海への愛を発散している作品ではないだろうか。

歌川広重「富士三十六景・駿河薩タ之海上」

1956年出版の吹奏楽オリジナル作品であり、1960-70年代に人気を博した文字通り”往年の名曲”である。全日本吹奏楽コンクールでも1963年から1978年にかけて8団体が自由曲に採り上げ、うち東邦高校(1963年)・蒲郡市吹奏楽団(1969年)は見事全国優勝(第1位)を果たしている。

■「海」をめぐるあれこれ

✔「海」は与え、「海」は奪う

地球の表面の7割を占める「海」 -島国である我が日本はまさに海に恵まれ海とともにある国である。

美しい景観や食の恵み、レジャーやスポーツの愉しみをもたらし、またさまざまな歴史的変革に繫がった航海の舞台である海は、我々に豊かさを与えてくれる。


しかし…時に海は人の命を奪い、理不尽に猛威を振るって船を呑み込み、また全てをなぎ倒しかっ攫う姿も現わす、洵に恐ろしい存在でもある。特に2011年の東日本大震災で発生した大津波- 我々はその荒ぶる姿に戦慄し、激しい恐怖に直面することとなった。


その被害に、海の恐怖に直面された方々は「海」にどのような想いを抱かれているだろうか。同様に海の怖さと日々戦っておられる漁業関係者や、マリンスポーツに挑みご本人や近親者が事故に遭われた方は果たして…。


そうしたことに想いを巡らしながらも、幼いころから海が近しい存在であった私は「海」が大好きだという意識を覚えて已まない。そんな私の心は、「海の肖像」が顕す ”海への親愛” に共鳴している。


✔私にとっての「海」の原風景

            臼杵黒島海水浴場:画像出典Walkerplus https://www.walkerplus.com/spot/ar1044s14520/


私は九州・大分県の臼杵という田舎に生まれ育った。高校卒業までを過ごしたそこは”前は海、後ろは山”の自然に恵まれた地であり、その海は都会と比べて実に美しかった。

そして Trombone と吹奏楽に出会うことになった我が中学校は、まさに海に繋がる河口に位置していたので、雨が降らぬ限り ”海に向かって” ロングトーンをするのが日課であった。今思えば何と贅沢なことだろうか。有難みは判っていなかったが、あの爽快感・開放感というものは間違いなく記憶している。


私にとって最も濃いイメージとなっている故郷の海の姿は、たびたび釣りを楽しみ、また学生時代に帰郷して海が見たくなるとミニバイクを飛ばして必ず行った臼杵港「白灯台」の波止から見た風景である。豊後水道に位置する臼杵の海は、瀬戸内の一角ということなのであろうが、太平洋や日本海とは違って実に穏やかな、心休まる海である。

堤防から海側にテトラポットがびっしり並ぶその隙間の穴釣りや、チョイ投げでのんびり楽しむ釣りは何とも楽しいものであった。尤も、技術も知識も欠けた子供の遊び釣りなので大した釣果などなかったのだが…。

何より穏やかに煌めく海の眺めと、心地良い風が大好きだった。四国・八幡浜港と臼杵港を2時間半ほどで結ぶ九四航路のフェリーが時折やってくるのだが、そのダイナミックな姿を見るのも好きだった。

               臼杵港白灯台:画像出典 kiyoのチャンネル http://kh1951.sapolog.com/e128450.html

「海は、いい!」

私自身は強いノスタルジーとともに、端的にそう思うのである。

しかしあの大好きだった臼杵の海も- もはや四半世紀以上見ていない。


✔歌川広重の描いた「海」の情景

”音の絵”とは作者が付した「海の肖像」の副題である。

その世界へイメージを膨らませていただくべく、私の大好きな 歌川広重 (1797-1858) が描いた浮世絵の「海」をご紹介しておきたい。

まず既に冒頭に掲げたのがあの葛飾北斎「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」とともに海を描いた傑作として並び賞される「富士三十六景・駿河薩タ之海上」である。

海をめぐる絶景はやはり広重にも感銘を与えたのであって、彼は日本全国を訪れて作品を遺したが、そこでは高名な ”広重ブルー” を駆使したさまざまな海の風景が描かれている。


■作曲者 作曲者ホマー・ラガッシーはアメリカの作曲家で、ミシガン州デトロイトのキャス工業高校で教鞭を執り、同地域に於いて永年音楽教育に携わった人物である。他に吹奏楽作品として「ボカ・トッカータ (Boca Toccata)」 「セコイア (Sequoia)」 が遺されている。 尚、「海の肖像」はラガッシーが勤めたキャス工業高校の1952~1955年に開催した演奏会のライヴCD に作曲者自身による初演が収録されている記録がある。従って「海の肖像」が作曲されたのは1952~1955年の間ということになるだろう。   ※CD「Cass Technical High School concerts」データ:https://www.worldcat.org/title/concerts/oclc/670548108


■楽曲解説

作曲者ラガッシーのイメージした「海」は如何なるものだろうか-。

それはきっと日本人の私が思い描く「海」とはまた全然違ったものであろう。

しかしたとえ生まれ育った国が違い、思い描く海のイメージが違ったとしても、共通しているもの共感できるものもまたたくさんあることを、この曲から感じ取ることができる。


魅力的な2つの主要旋律と、その巧みな変容によって鮮やかなコントラストと多彩さを生み出しており、また楽曲としての構成感にも優れた名曲である。




冒頭(4/4拍子 Lento e Maestoso) 6小節に亘り、応答で構成する息の長いフレーズがダイナミクスの大きな起伏をもって奏でられ、最初の海の情景が提示される。

雄大な波濤の映像に続いて、すうっと穏やかな潮騒へ転じるさまが描かれる、印象的な序奏部となっている。 続いて3/4拍子 Andante sostenuto に転じ、Clarinet の美しいシャリュモーの音色を生かした抒情的な歌が始まる。この第1主題からして実に美しい。「海の肖像」が真に美的な作品であることを象徴するものである。

センチメンタル極まるこの旋律はややリズミックさを加えた poco piu mosso で展開し高揚したのち、緩かに戻って繰返される。フレーズの節目に現れる幻想的な和音がまたロマンチックな魅力を放っているのだ。


さざ波のようなブリッジを挟み、ややテンポを速めた Andante con moto espressivo ではOboe と Horn のデュエットが歌いだす。この第2主題がいっそう可憐でセンシティヴな雰囲気に溢れ、どうしようもなく素敵なのだ。

これが木管のアンサンブルに移りもう一度歌い上げられたのち、急にふっと表情が変わる。不安げな応答が速まる動悸のように高まってゆく

その先に見えたのは、力強く押し寄せ巌に衝って大らかに砕け散る豪快な波の姿であろうか-全合奏 ff のスペクタクルで壮大な音楽となって最初のクライマックスとなる。


落着きを取戻し、第2主題が今度は逞しく繰返し歌われた後は舞曲風の展開部へと入る。

この Allegro(♩=132) は pp に始まり徐々にしかし確実に活気を帯びてゆくのだ。


Flute と Clarinet のリズミックな伴奏に導かれ、それに乗って伸びやかな旋律が Cornet や Oboe

(+ Alto Clarinet、Alto Sax.、Tenor Sax.、Trombone) に現れて実に愉しげに歌う。











より律動感を濃くしダイナミクスも高めた楽句を挟み、舞曲は再び木管群によって伸びやかな旋律が歌われて亢進すると、全合奏のコードに続いて鮮烈な Cornet のソリへとなだれ込んでいく。

これが高らかに繰り返され2度目のクライマックスを形成した後、ミステリアスな Andante Cantabille のブリッジとなって音楽は穏やかで深遠なムードを取り戻す。

こうした目くるめく一連の展開には、まさに次々と移り変わる「海」のさまざまな表情が感じられることだろう。


4/4拍子となり鎮まった海を表す第1主題の再現…

その旋律のカウンターを奏でる Flute と Piccolo の、何と密やかで高貴な美しさであることか…!

艶やかな真珠の輝きのようで、洵に感動的である。


そして第1主題は本来の3/4拍子に回帰し、テンポを速めつつ呼び合い高揚して終局のクライマックスへと向かう。ここでは4/4拍子 Lento fff で奏される拡大した旋律がこの上なくスケールの大きな音楽となって、聴くものを包み込んでくれる。

最後は晴れやかな全合奏のコードが、力強く奏者と聴衆の心に満ち満ちて全曲を締めくくるのである。


■推奨音源

木村 吉宏cond. 広島ウインド・オーケストラ

永く待望されていたプロ楽団によるセッション録音、自然なアゴーギグで丁寧に歌い、とても品のある演奏でこの曲の魅力を率直に伝えてくれる。

全体の構成感にも優れた秀演である。






市岡史郎cond.

東京佼成ウインドオーケストラ (Live)

同楽団第19回定期演奏会(1976年)のライヴ演奏であり、記念誌「東京佼成ウインドオーケストラの40年」の付録CDに収録。

各部分部分の雰囲気が積極的に表現され、コントラスト豊かな演奏となっている。



-Epilogue-

この名曲は現在忘れ去られた状態になっているが、これは絶対におかしい!ぜひ再評価されるべき作品である。

音源も極めて少ない。奥行きの深いこの曲だけに、再評価が進み演奏機会が増えることで、また新たな好演の録音が登場することを、併せて願わずにはいられない。


<Originally Issued on 2019.2.13. / Revised on 2022.5.9. / Further Revised on 2023.12.8.>



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