センチになって Lylics by Ned Washington Music by George Bassman
-Introduction-
Trombone によるバラードと云えば真っ先に挙がるスタンダードな1曲。
私自身、永年憧れていたがハイトーンに手が届かず全然吹けなかった。49才6ケ月にして Trombone にイチから取組み直し、遂にこの曲が自分でも吹けるようになった喜びは何にも代えがたいものだった。
さまざまなプレイヤーにカバーされている名曲だが、それほどまでに私が憧れたのはやはりトミー・ドーシー (Thomas "Tommy" Dorsey 1905-1956 ) の Trombone ソロに他ならない。
”センチメンタル・ジェントルマン・オブ・スイング”と称されたトミー・ドーシーの Trombone が奏でるこの曲のソロは、 「このうえなく甘美な美しい音で抒情的」 (大和 明)との形容通り実に素敵なもので、私の心を強く惹きつける。遺された音源はとても古いものだが、録音の良し悪しなど軽く超越した、理屈抜きの魅力に溢れた音楽がそこにはある。”スウィートな美しさ” の Trombone の音色こそは、私にとって永遠の憧れなのだ。
■トミー・ドーシーとビッグバンドの黄金時代
トミー・ドーシーは1920年代後半からニューヨークで育っていった、所謂白人ジャズの系譜にあるとされる。
1935年夏、ベニー・グッドマン楽団が得た大反響に始まったスイング時代はビッグ・バンドの全盛期でもあった。ベニー・グッドマン※ は前代のアレンジを元に、インテリジェンスと洗練された明るさを加え、従前にはなかった整然としたアンサンブルを打ち出すことで、ビッグバンド・ジャズを一層大衆化させ商業的にも大成功を収めたのである。
当時の大衆にとって、ジャズはあくまでダンスのための音楽であったし、そのための洗練された伴奏音楽としては、遥かに白人ジャズの方がファンの好むところであったのだ。そのベニー・グッドマンに続いたのが、アーティー・ショウでありグレン・ミラーであり、そしてトミー・ドーシーなのである。
※尚、ベニー・グッドマンの功績はジャズを大衆の音楽として広めただけに止まらない、と大和 明氏は
指摘した。即ちベニー・グッドマンは優れた黒人ジャズメンであるテディ・ウォルソン(p)やライオネ
ル・ハンプトン(vib)を自らのバンドに入れ、ダンスタイムのインターミッションには(人種的偏見の強
かった当時としては異例の) 黒白混成コンボによるステージ演奏を行う、というフロンティアであった
ことも大きな功績と評価している。
このスイング最盛期のジャズは、私にとってとても重要な音楽だ。
それはジャズの持つ本来の精神とそこに根差した魅力や熱気といったものとはまた違うものだという意見も、あるかもしれない。ディープなジャズ・フリークにとっては全然物足りないという側面もあるのだろう。しかし私にとって、スイング・ジャズは理屈抜きに心地良く愉しい!とにかくカッコイイ☆と感じる。
私は手数と跳躍が多く奔放で強烈な熱を発散するアドリブ・ソロだと、”聴き持て余す” ことがある。メロディアスであればあるほど良いと思っているわけではないが、私は ”歌” が心に響くアドリブ・ソロを好む。絶妙な音の組合せと高度なセンスで奏され、「ああ、もう一度聴きたい!」と思わせてくれるものが好きだ。そんな私にとって、まさにスイング・ジャズこそは夢のような時間を与えてくれる音楽なのである。
■楽曲のプロフィール
I'm Getting Sentimental over You は1932年、ダンス・バンドとして結成したばかりのトミー&ジミーのドーシー・ブラザーズ・オーケストラで演奏されたのがオリジナル。この兄弟楽団は程なく解散してしまったけれど、1935年からはトミー・ドーシー楽団のテーマ曲として使われ、まさに同楽団の看板曲そして Trombone ソロの名曲として不動の評価を得た。
トミー・ドーシー楽団には多くのヒット曲があるが、専属の名アレンジャーであるサイ・オリヴァー(Sy Oliver)による「オーパス・ワン」も良く知られるところだろう。
この楽団にはバディ・リッチ (Buddy Rich : Drs.) をはじめとする優れたプレーヤーが名を連ね、そのホット・ソロをフィーチャーした演奏で大変な人気であった。また若き日のフランク・シナトラが所属し、後に繋がる成長を育んだことも有名である。
トミー・ドーシーは美しく滑らかな Trombone の歌い回しが卓越しているが、アドリブの重要性を認識しており、それ故に Trombone 奏者として人気の絶頂にあった1939年にメトロノーム・オールスター・バンドの録音に参加した際においても、人気は2番手ながらアドリブの名手であったジャック・ティーガーデンにソロを譲り、自分は傍役に徹したというエピソードが遺っている。彼もまたベニー・グッドマンと同様に、ジャズの本質を理解した先駆者だったのだ。
【参考・出典】
「ジャズ 歴史と名盤」 大和 明 著 (音楽之友社)
「ベスト・ジャズ ベスト・アルバム」
大和 明 著 (音楽之友社)
「JAZZ管楽器」 ジャズ批評編集部 編 (松坂)
「ジャズ・スタンダード名曲徹底ガイド 下」 (CDジャーナル ムック)
♪♪♪
I'm Getting Sentimental over You は、恋になど縁がないと思っていた男が突然恋に落ちてしまう- その想いを歌ったものである。
この男はなぜ恋をすることがなかったのか-
女性に興味はあっても ”恋”する心はないままだったのか
恋に傷付き、もう女なんて…という気持ちだったのか
長い間、恋する感情を忘れてしまっていたのか-
いずれにしても、”恋”はしてしまうもの。ある時突然に”落ちてしまう”もの。恋とはそういうもの…するぞ、するぞと思って待ち構えているものではない。心惹きつける素敵な女性が現れた、その瞬間に生じるものだ。
-この歌詞にはそうした”恋”の不思議さがよく表れていると云えよう。
曲としては上行型旋律の甘美さが心を捉える。
特にA- HiC# の跳躍と、その HiC# に表れるTrombone のハイノート特有のスウィートさが堪らない。
その音色と艶やかなヴィブラートは Trombone の魅力を発散しまくっているではないか!続く第2旋律も然り、である。
■吹奏楽版
吹奏楽版としても、真島 俊夫 による原曲キーのアレンジが出版されている。
まさに Trombone の魅力を充満させたこの名曲、ビッグ・バンドでも吹奏楽でも、もっと演奏されて欲しいと思う。
中谷 勝昭cond.
東京佼成ウインドオーケストラ
Trombone Solo:萩谷 克己
による録音もあるので、ぜひ吹奏楽界においてもこの名曲を受継いでいってほしいと願う。
-Epilogue-
私自身、2021年に所属楽団 (吹奏楽) でこの曲を演奏させていただく機会に恵まれた。
COVID-19 蔓延のさなかの定期演奏会で、無観客での開催となってしまったが、それでも本当に有難い経験になった。本番の出来は-全然ダメだったのだが…。 直前のステリハはまずまずだったにもかかわらず、肝心の本番はハイトーンにミスを連発することで終わってしまった。
これはアガって前後不覚になったわけでもバテていたわけでもなく、要は永年染みついていた間違った奏法=「良い音で吹こうすると、可能な限りアパ-チュアを開く」 ことが無意識に発動してしまったことによる失敗である。
私にとっては本当に残念無念であり、失敗の原因を特定したこれ以降は、現在もこの悪癖を徹底的に解消すべく日々の練習に努めている。
この悪癖、間違った奏法は学生時代に ”ド素人” の先輩からの指導を鵜呑みにしてしまい、身についてしまったものである。これはハイトーン以外にも滑らかなインターバルの阻害など、多岐にそして永年に亘りプレイヤーとしての私を苦しめることになったのだ。
「楽器を本当に上達したいなら、 ”ド素人” の意見や指導などに耳を傾けてはならない。」
改めてみなさんに警鐘を発しておきたい。
(他人の言葉に耳を傾ける謙虚さはもちろん必要だが、決して鵜呑みにすることなどなく、言われたこと・指導されたことが正しいか?根拠は確かか?はしっかり意識しておくべきなのだ。)
<Originally Issued on 2019.6.29. / Revised on 2024.1.15.>
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