スターフライト序曲
- hassey-ikka8
- 18 時間前
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Starflight Overture R. ミッチェル Rex Mitchell ( 1929-2011 )
-Introduction-

”星への飛行” を意味する題名を冠したこの 「スターフライト序曲」 が作曲されたのは1978ー1979年。※ それは、アメリカにおいて「スペースシャトル計画」がいよいよ再使用型宇宙往還機の大気圏外打ち上げを実現しようとするタイミングであった。
この時期、アメリカのみならず世界中の人々は、これまでのアポロ計画をはじめとする ”宇宙飛行” がいよいよ地球と往還する ”宇宙旅行” へと進化することを認識していたはずである。
”宇宙旅行” という夢が現実になるー。 作曲者レックス・ミッチェルもよりリアルで具体的になった ”星への飛行” を想い描きながらこの曲を創作したであろう。
※ ”Clarion dispatch” 1980-1981 p18 (KLN Digital Collections) 記事 による (”Clarion dispatch” = ミッチェルが教授を務めていたクラリオン州立大学の公式学術・ニュースアーカイブ紙)
■楽曲概説

「特定の物語や情景を描写する標題音楽ではないが、宇宙飛行に伴う冒険心やロマンを表現した、叙情的かつリズミカルで躍動感あふれる作品」 (出版社Ludwig社の楽曲紹介) とされるこの作品について、作曲者ミッチェル自身はこのようにコメントしている。
「スターフライト序曲は、星たちへの旅を想起させる単一楽章の作品です。
私たちは人生という旅路を急ぎながら、生きる目的や充足感そして心の安らぎを追い求めています。忙しい日々の合間にふと立ち止まり、宇宙の壮大さに思いを馳せれば、人の命は儚いものである一方、静寂の中で私たちを導く星たちが永遠の存在であることに気づかされるのです。」
ミッチェルはまた 「この曲はクラシックとコンテンポラリーの両方の要素を併せ持っています。これらの様式的な要素を指揮者が柔軟に解釈することで、より効果的な演奏が可能となります。」とも述べている。
序奏ーA(急)ーB(緩)ーA(急)ーcoda の三部形式に成る楽曲だが、コンテンポラリーな音楽とは即ちポピュラー音楽を指しており、快速な主部においては Drum Set によってビートが刻まれるポップス的な部分が多くを占める。その部分とそれ以外の部分との対比あるいは融合を上手に表現してほしいというのがミッチェルの意図であろう。
ポピュラー音楽の要素を取入れることによって、科学の最先端である ”宇宙飛行” の現代的なイメージを楽曲に纏わせているのである。 【出典・参考】フルスコア (Ludwig社) 所載のプログラム・ノート及びコンダクター・ノート
■”星への飛行” のイメージ
✔SFに描かれた宇宙旅行の”夢”

「現代SFの開祖」と称されるジュール・ヴェルヌ ( Jules Gabriel Verne 1828ー1905 ) は1865年に「地球から月へ」、その続編「月を周って」を1870年に著しているが、この二作を併せた「月世界へ行く(月世界旅行)」 が宇宙旅行を描いたSFの草分けとして最も有名なものであろう。
有人宇宙飛行の実現は、ガガーリンの「地球は青かった」で有名なソ連(当時)が1961年に打ち上げたボストーク1号の成功を待たねばならないのだが、その略100年前に19世紀中盤当時最新の科学知識と、ヴェルヌの期待を込めた空想によって描かれた宇宙旅行(=月世界探検)譚は、なかなかに興味深いものがある。
そこで披瀝された宇宙やロケット、そして月にまつわる科学的情報は、当時全くの想像でしかない宇宙旅行のリアリティや臨場感を高め、読者側にも豊かな空想を大いに喚起したことであろう。現在でも、「ヴェルヌが科学の発展の方向を予言した功績はきわめて大きく、発明発見に幾多の示唆を与えた点は見遁がせない」と評される。
※尤も現代科学に照らせば事実・実態と異なる点は非常に多々あり、「月世界へ行く」での 宇宙航行はおそらく
当時の読者がイメージしやすい”遠洋航海”の様子に準じて描かれたと思われる。現代の常識に照らして決定 的に違和感があるのは、宇宙空間の飛行中に(たとえ極めて素早くとはいえ)「窓を開けて」モノを出し入れし
てしまうくだりであろう。 ✔宇宙開発の歴史
こうした ”夢” であった宇宙旅行を叶えるロケットが具体化を見るのは、ロケット理論を体系化したロシアの科学者ツィオルコフスキーが1897年に発表した「ロケット方程式」がその端緒とされる。これが液体燃料ロケットを実現する多段式ロケットの設計基礎※となった。
※推進力や燃料消費を計算する基本的な公式として、現在のロケット設計にも活用されている
そして宇宙開発の理論的基礎を築いたドイツの工学者オーベルトによって1923年に発表された論文「惑星間宇宙へのロケット」が、宇宙への飛行が技術的に可能であるという概念や、ロケットを使って宇宙空間に到達するための原理を示し、液体燃料ロケット開発が現実のものとなっていくのである。
液体燃料ロケット技術の開発と実践は軍事利用され、第二次世界大戦におけるドイツ軍弾道ミサイル「V2ロケット」が生まれるのであるが、その自動操縦システムや燃料供給技術などの多くの革新には、宇宙開発に転用可能な要素が多く含まれていた。第二次世界大戦後、アメリカとソ連は捕獲したV2ロケットとその技術者を活用して自国のロケット開発を加速、その技術がアポロ計画などで使用され、宇宙開発を支える基盤となっていったのである。 1957年にソ連は人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打上げに成功、これが宇宙開発競争の幕開けとなり、アメリカも本格的な宇宙開発に乗り出す。前述の通り1961年にはガガーリンがボストーク1号に搭乗し、地球軌道を1周するミッションに成功した。ソ連は「ボストーク計画」によって合計6回の有人宇宙飛行を実現したのである。 一方アメリカは1966年のジェミニ8号による2隻の宇宙船ドッキングを経て、1969年にあのアポロ11号による月面着陸・探査に成功した。

人類初の月面着陸、そして月面離陸・月軌道からの離脱、地球への帰還軌道を経て太平洋への無事着水を実現したこのミッションは、世界中の人々に感動と誇りをもたらしたのである。
人類の宇宙への挑戦は1970年代に火星・水星・木星への探索開始にも及び、スペースシャトル計画 (1981年~2011年) や1990年のハッブル宇宙望遠鏡打上げ、1998年の国際宇宙ステーション (ISS) の建設・運用開始といった成果を挙げながら、現在も発展を続けている。
通信衛星や宇宙探査機の進展で宇宙技術は日常生活に浸透し、危険極まるトラブルの発生や痛ましい事故にも遭いながら、人類のあくなき探求心で発展してきた宇宙開発の歴史は人類の挑戦と進化の歴史でもある。宇宙旅行や資源開発が現実化し、宇宙利用が我々の身近になる未来も、すぐそこまできているとされているのである。
✔「スペースシャトル計画」の時代
再使用型宇宙往還機の開発・運用を行うアメリカ政府及びNASAによる「スペースシャトル計画」は1972年1月5日に公式発表されており、1977年には大気圏内専用エンタープライズ号による実験飛行実施を経て、完全機能版オービタ初号機であるコロンビア号が製造された。
このコロンビア号がケネディ宇宙センターに移送されたのが1979年3月、そののち1981年4月12日に 2名のクルーをのせて初打ち上げを成功させるのだが、ミッチェルが「スターフライト序曲」を作曲したのはまさにこの一連の動きがあった時期にあたる。 地球を出発して宇宙を航行し、再び地球へ帰還するー その「再使用型宇宙往還機」というコンセプト自体が、人類の想い描く宇宙旅行の当然の姿だ。それを実現するスペースシャトルとそれに対する期待は、全世界的に「宇宙旅行」のイメージをより一層現実のものとして膨らませたことであろう。

スペースシャトルでは地球の観察と画像・映像の撮影、宇宙環境におけるさまざまな実験、人工衛星の射出と回収、ハップル宇宙望遠鏡の打上げと5度の修理、アメリカ国防総省関連の機密ミッションなど極めて多岐にわたるミッション※ が行われ人類の進歩に貢献した。またそれらは国際宇宙ステーション(ISS)の建設にもつながっていったのである。

同時に、300時間台を中心とするミッションにおける長時間の宇宙空間生活も紹介された。
発生する病気や宇宙線影響、機内の空気適正化(成分・気圧・温度・湿度)や二酸化炭素・ガス・匂いの除去、食事、トイレをはじめとする衛生面、起床と睡眠などの実際が伝えられたのである。
それらこそが、まさにリアルな「宇宙旅行」をイメージさせるものであっただろう。

※スペースシャトル計画では135件の有人飛行ミッションを実施し、そこには7名の日本人宇宙飛行士も参加した そののちチャレンジャー号・コロンビア号の重大事故も経て、スペースシャトル計画は2011年にその幕を下ろす。「システムが複雑すぎた」「コンセプトが間違っていた」との根本的な批判もあった。
しかしながらスペースシャトル計画が人類の宇宙開発に多大な貢献したことは事実であり、
現在のアルテミス計画をはじめとするアメリカ政府の有人宇宙旅行(月面着陸計画)や、スペースⅩやブルーオリジンによる民間による宇宙旅行といった動きにつながっているのは、言を待たないであろう。

【出典・参考】
「月世界へ行く」 ジュール・ヴェルヌ 著 江口 清 訳 (東京創元社 創元SF文庫) 「有人宇宙開拓史〜人類が宇宙を目指した奇跡と軌跡〜」 (Amateras Space Inc.公式note)
(JFE商事エレクトロニクス㈱HP)
「スペースシャトル全飛行記録」 (洋泉社MOOK)
■楽曲解説

テンポ良くアクセントを利かせた Timpani のソロに始まり、続いて鋭利な16分音符の打込みによる2小節のビートが提示されて快活な序奏のフレーズを導き出す。このビートは全曲に亘り重要な役割を果たしていくものであり、この序奏部から正確かつ鮮やかに提示したい。 尚、作曲者指定のテンポは♩=132であるが、後述するようにより速いテンポ(♩=150~154) によるスピード感のある演奏が好まれ、一般に広まっている感がある。

この序奏部のフレーズは、曲想転換のポイントにおいて効果的な役割を果たしており全曲を通じて現れる。この快活な楽句に対するシンコペーションが特徴的なベースラインのカウンターも印象的である。
序奏が一旦鎮まり、ポップステイストの伴奏が聴こえてきて、それに Drum Set も加わっていよいよその色彩を強める。快速な主部はこのポップステイストの伴奏にのって展開するが、それこそがこの曲の最大の個性である。

最初に現れる息の長い流麗な旋律は、まさに高速で宇宙空間を飛行する最新鋭の宇宙船の姿をイメージさせるものである。

続いて曲想がやや緊張を含んだものに変わるがそれがブリッジとなるや、全合奏のリズム打込みによる伴奏を従えて Horn (+ A. Sax & T. Sax) に雄々しく烈情の第2の旋律が炸裂し、前半のクライマックスを迎える。 (音域の高い難しいパッセージだが、ここは同奏する Sax よりも Horn の鮮烈な音色を聴かせたい。)

これが高音楽器群に引き継がれ高らかに繰り返されたのち、序奏部のパッセージが奏されてブレイクとなり、流麗な第1の旋律へと戻っていくのだが、今度はこの流麗な旋律に Horn (+ A. Sax & T. Sax) による勇ましいオブリガートが加わって、楽曲は一層熱を帯びて推進力を上げてゆく。

やがてベルトーン風の楽句が現れて冒頭のビートの再現へと繋がり、Slowly (♩= 50)の中間部へと入る。幻想的で文字通り宇宙遊泳をイメージさせる曲想を経て、9/8拍子の Tempo rubato へと溶け込んでゆく。ここで現れる Alto Sax Solo がセンチメンタルで実に美しい。

そして一層幻想的で甘露の如き旋律が、Horn によって歌い出される。

それが木管群に受け継がれ歌い上げられていくうちに、とろけそうなロマンチックさを湛えていくのである。

この旋律が繰り返される中間部は、如何にもな大きいクライマックスが形成されることはない。終始ソフトフォーカスの情景の中、とても明るい光に満ちているのに眩しくはない不思議な感覚に全身が浮遊するような- そんな音楽に満たされている。 快活な主部とのコントラストがとても映えているのである。 中間部を導入した Slowly の楽句が帰ってきてほどなく快活なテンポが呼び戻され、コンパクトな再現部へ。
再び序奏部のパッセージで転換して簡潔で鮮やかなコーダとなり、爽快に曲を終う。

■推奨音源

アントニン・キューネルcond.
武蔵野音楽大学ウインド・アンサンブル
楽譜出版(1982年)早々に録音・発売され、この曲の人気の原動力となった演奏。
主部 Allegro molto のテンポは♩=154 ほどとスコア指定のテンポより相当速い。しかしながら、この快速なテンポが聴き手サイドに大いにウケたことは事実である。
ピッチの問題がある部分もあるが、快活でメリハリのある若々しい演奏であることは間違いなく、この曲の魅力を直截に伝えてくれている。

木村 吉宏cond.
広島ウインドオーケストラ
主部 Allegro molto のテンポは♩=132 というスコア指定通りの設定。
ミッチェルはこの主部のテンポについて 「楽譜の指定通り♩=132を維持するように」 とわざわざ注記しているので、この演奏の方が作曲者意図には適っていると云える。

演奏者不詳
Ludwig Music Publishing 社デモ音源 かつて出版社が提供していたデモ音源 (現在は配信なし)、主部 Allegro molto のテンポは♩=150ほどでこちらも快速。その主部途中で5小節ほどテンポがズレて危うい部分があるが、演奏全体のレベルとしては守られている。
特筆すべきは主部において Drum Set が積極的にフィルインを入れてかなりポップス的色彩の強い演奏となっていること。こういう個性もありだ。
-Epilogue-

叙上の通り、武蔵野音楽大学ウインド・アンサンブルによるこの曲の初録音 (左画像 : 1983年発売LP版ジャケット) においては指定テンポより相当速くテンポ設定が行われている。その速いテンポでの演奏で楽曲自体のイメージが定着している (=「汐澤快速アルヴァマー」と同じ) 状況があると思われる。
しかしながら、実演においては演奏に問題が生じないテンポ設定にする必要があることは言うまでもない。(この曲の方が、「アルヴァマー序曲」以上に不味い状況になる惧れがあるのでは。)
ただ、出版社提供のデモ演奏からして♩=150 ほどのテンポ設定になっているのだから、やはり主部は速いテンポの方が、この楽曲の魅力を発揮できるのかもしれないとも思う。
...それはそれで良いではないか。 <Issued on 2026.8.30. >


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