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ヨハネスブルグ祝祭序曲

  • hassey-ikka8
  • 1 日前
  • 読了時間: 14分

Johannesburg Festival Overture

W.T.ウォルトン William Turner Walton (1902-1983)

「ヨハネスブルグ祝祭序曲」が作曲された1956年当時のヨハネスブルグ  (出典 : HP 「The Johannesburg Review of Books」 )
「ヨハネスブルグ祝祭序曲」が作曲された1956年当時のヨハネスブルグ (出典 : HP 「The Johannesburg Review of Books」 )

-Introduction-


ウイリアム・ウォルトンは私の大好きな作曲家の一人。品格の高い曲想、美しく洗練された旋律。それでいて時に大胆なコントラスト、ダイナミックなクライマックス!またラテンやジャズの手法をも取り入れた、多種多様な音楽を送り出している。こうしたウォルトンの作品はこの上なくカッコよく、洵に素敵なものばかりだ。


「ヘンリー5世」「ハムレット」「リチャード3世」 のシェイクスピア3部作、イギリス国王のための2つの戴冠式行進曲 (「クラウン・インペリアル」「宝珠と王の杖」)、 序曲「スカピーノ」、前奏曲とフーガ「スピットファイア」、「カプリチオ・ブルレスコ」、「メジャー・バーバラ」、「シエスタ」、バレエ音楽「クエスト」、ピアノ四重奏曲、「お気に召すまま」 …吹奏楽で採り上げられるものもそうでないものも、煌きに満ちた宝石のような作品群である。


本稿でご紹介する 「ヨハネスブルグ祝祭序曲」 (1956年) も実にシャレた素敵な作品。ウォルトン管弦楽作品集のCDを購入して、この曲と出会った途端、大好きになってしまった! ■楽曲概説 「マルコム・アーノルドは、自身に多大な影響を与えた唯一のイギリス人作曲家として、常にウォルトンの名を挙げてきました。両者に共通するのは、金管楽器のために単純な非半音階的和音を書き、そこに(不協和音ではなく)協和音的な音を付け加えて、響きを歪ませることなく感情的な訴求力を高めるという手法を好む点です。また、彼らはポピュラー・ソングやダンス音楽(すなわち、優れた旋律と力強いリズムを持つ音楽) の中に豊かな着想源を見出しており、そのオーケストレーションはきらびやかで輝きに満ちています。彼らの音楽は、甘美な哀愁を帯びつつも奔流のような爆発的エネルギーを放ち、聴き手に喜びと高揚感をもたらします。そこにはローレンス・オリヴィエが称賛し、1930年代後半に初めてその音楽に触れた若きアーノルドに強烈な印象を与えた、あのウォルトンの音楽の”心を高鳴らせる”ような特質が満ち溢れているのです。

翻って、ウォルトンの作品の中でアーノルドの作風に最も近いものを一つ挙げるとすれば、それはおそらく「ヨハネスブルグ祝祭序曲」でしょう。この曲は、ヨハネスブルグ市の創立70周年を記念して1956年に作曲され、同年9月に同地でサー・マルコム・サージェントの指揮により初演されました。ここには、生き生きとして記憶に残る旋律、軽やかで躍動感のあるダンス・リズム、そして鮮やかで明快な音色がふんだんに盛り込まれています。楽曲の構成(精緻なロンド形式)も明快で、旋律さえ覚えてしまえば容易に理解できるものです。尤も、この曲―同時代のみならず、あらゆる時代のイギリス軽音楽の傑作の一つ―を楽しむために、何かを暗記したり構成を追ったりする必要などありません。ただゆったりと身を任せ、素晴らしいアイデアの数々を堪能すればよいのです。例えば、プレスティッシモのコーダの直前に、南アフリカ風の打楽器アンサンブル(=トムトム、マラカス、カスタネット、ルンバ・スティック)がオーケストラに加わる場面などはその好例でしょう。」                                        ー C. パルマーによるCD(CHAN8968)リーフレット解説より

✔作曲の経緯と楽曲の特徴

ヨハネスブルグ・フェスティヴァル(1956年)の様子
ヨハネスブルグ・フェスティヴァル(1956年)の様子

この 「ヨハネスブルグ祝祭序曲」 は南アフリカが「南アフリカ連邦」であった時代の1956年に、ヨハネスブルグという都市の創立70周年を祝う 「ヨハネスブルグ・フェスティヴァル」 のために作曲された。この南アフリカ連邦は英連邦の傘下にあったことから、ウォルトンに祝賀曲の作曲依頼があったものである。

尤も、当時は既にANC(アフリカ民族会議)がアパルトヘイトをはじめとする白人政権による行政に対し猛然と抵抗運動を展開していた時期である。


反アパルトヘイト運動では音楽や芸術も重要な役割を果たし、ヨハネスブルグに近いソフィアタウンは1950年代に起こった文化運動の中心地だったが、1955年に起こったそのソフィアタウンの破壊と住民の強制移住はヨハネスブルグ全域でANC支持者を急増させアフリカ人の闘争意識を高めたという。従って直後に開催されたこの「ヨハネスブルグ・フェスティヴァル」は白人政権サイドの行事として、文字通りヨハネスブルグを分断した形で行われたと推定されるのだ。 このような背景からすれば、「ヨハネスブルグ祝祭序曲」が南アフリカの都市を祝福するために作曲されながらも、あくまでイギリス音楽らしいそしてウォルトンらしい洒脱さと(ウォルトン自身は世俗的と評したが) 品格とを備えた音楽となったのは当然の帰結であろう。


但し、ウォルトンはアフリカ音楽のテイストも取り入れている。実際にアフリカを訪れてはいないが、アフリカ音楽協会からアフリカ音楽の録音を取り寄せており、これにインスピレーションを得たウォルトンはマラカス・クラヴェス・カスタネット等を含む多彩な打楽器が活躍する、アフリカのリズムを生かした音楽を織り込んだのだ。その部分こそが、ウォルトン作品の中でも異色の個性を放つものとして 「ヨハネスブルグ祝祭序曲」 を輝かせている。

この曲が ”イギリス風の外観を持つアフリカの都市の肖像画” と称される所以である。 ✔フィーチャーされたアフリカ音楽

作曲委嘱にあたりアフリカの音楽をフィーチャーするよう提案されたウォルトンは、前述の通りアフリカ音楽協会からアフリカ音楽の録音を取り寄せたのだが、そこに収録されたものの中から 「マサンガ (Masanga)」 を楽曲に取り入れた。「ヨハネスブルグ祝祭序曲」では練習番号⑯から24小節に亘り、この曲が賑やかに奏される。



「マサンガ」 はコンゴの音楽家 ジャン=ボスコ・ムウェンダ ( Jean-Bosco Mwenda 1930ー1990) が1950年代に世に送り出した彼の代表作で、フィンガー・ピッキング・スタイルでつま弾かれる複雑かつ軽快なシンコペーションのリズムが特徴的であり、コンゴ伝統音楽の要素と当時流入していた外来の音楽 (欧米のフォークやカントリーなど) をギター1本で見事に融合させた名曲と高く評価されている。

広くアフリカを席巻したヒット曲であり、「ヨハネスブルグ祝祭序曲」が作曲された当時においてまさに ”アフリカ音楽を代表する一曲” だったのである。

【出典・参考】



■参考:南アフリカとヨハネスブルグ ✔南アフリカの歩みとヨハネスブルグ(ヨハネスバーグ)という都市の位置づけ

南アフリカ共和国は122万㎢の国土(日本の3.2倍)に人口6,400万人。19世紀後半にダイヤモンド・金が発見されて以降、鉱業主導で経済成長を果たして群を抜いたアフリカの経済大国となり、現在はサハラ以南アフリカ地域諸国のGDPの約4割を占める。

太陽の国と言われるほど年間を通じて晴天の日が多く、全体的に気候は温暖。また2000m級の山脈、砂漠と森林、高原と平野など多様な地形と気候を反映して、動植物の宝庫でもある。


南アフリカは17世紀半ばからオランダ、19世紀前半からはイギリスの植民地となった歴史を有する。特に金鉱床の発見後、それを大英帝国の支配下に置こうと熱望したイギリスは1899年に勃発した南アフリカ戦争(ボーア戦争)を経て植民地化を実現したのである。植民地化された2つの国は1910年に「南アフリカ連邦」として独立はしたものの英連邦に加盟。当時の白人政権は黒人の政治的・社会的・経済的権利を剥奪するアパルトヘイト(人種隔離政策)を実施して、国際社会から厳しい非難を浴びた。

そののち漸く1961年に英連邦を脱退し「南アフリカ共和国」が成立、1991年にはアパルトヘイト関連法を廃止し近代国家への道を歩んだ。これを主導しノーベル平和賞も受賞したネルソン・マンデラの名は、誰しもの記憶に残っていることであろう。


ヨハネスブルグはこの南アフリカ共和国最大の都市であり、その都心部には400万人以上が暮らし、周辺を含めたエリアでは700万人以上の人口を擁している。  ※「ヨハネスブルグ」 というその名は、金鉱脈の発見を受けてその視察と、適切な都市用地の特定に派遣された2名の要人の名前 (Johannes Joubert と Johann Rissik) に因んだものとのことだが、現地アフリカーンス語「ヨハネスブルフ」のアルファベット 表記を日本で類推発音・定着したものである。 したがってドイツ風の印象を与える語感にもかかわらず、実はドイツとは無関係だ。         但し、アフリカーンス語が低地ドイツの流れを汲むオランダ語の、いわば亜流であることは事実であり、オランダ植民地時代に オランダ語を母体に多言語が入り混じって形成されていった言語とのことである。


✔ヨハネスブルグの歴史と現在

ヨハネスブルグは南アフリカにて1883年に金が発見されたこと、そしてその金鉱床が比類のないほど豊かな埋蔵量を有していたことを受けて1886年にその歴史が始まり、ゴールド・ラッシュの期間にめざましい成長を遂げた街である。 大英帝国による植民地化に伴い、1890年代には華麗な切妻屋根のヴィクトリア朝建物が建てられ(その大半は現在では失われている)、次いで20世紀初頭にはこの街に多様な建築様式が現れることとなった。最高裁判所ビルやヨハネスブルグ美術館などの壮大なボザール様式の建造物はヨハネスブルグの”大英帝国の前哨地”という新たな地位を象徴するとされている。 当時のヨハネスブルグは「金」への欲望から生まれた若い都市であり、それゆえにあらゆる悪徳を育んだ。ニューヨークやロンドンを根城とする犯罪組織がヨハネスブルグを肥沃な土壌と見立てて跋扈し、売春の活発な市場となるなど乱れた都市となっていった。1913年には 「古代ニネベとバビロンが復活した。ヨハネスブルグは制御できない劣悪さと計り知れない浪費の街だ。」と報道されるありさまであった。 そして鉱業における大規模工業採掘に求められる緊急性のもと、白人経営者は生産の合理化と特に労働コストの削減を徹底的に抑えることで、産業の収益性を確立しようとしたのであり、そこに従来からの人種問題も相俟って、鉱業の街ヨハネスブルグは「アパルトヘイト」の代表的な舞台ともなったのである。

しかし1990年代に、南アフリカ共和国が抱えていたアパルトヘイト問題がその廃止という決着を迎えると、これを受けて余りに膨大な黒人たちが移住してきたために、多数の失業者が街に溢れる状況となった。これが極度の治安悪化という非常に皮肉な結果を導くことになる。

かつてのヨハネスブルグの姿はなく、中心部は経済都市の機能を失い「世界最悪の犯罪都市」に陥ってしまった。

そして今なお、ヨハネスブルグはその状況を拭い切れないでいる。

2026年現在のヨハネスブルグCBD
2026年現在のヨハネスブルグCBD

外務省の渡航情報 (2025.4.28.現在) を見ても、ヨハネスブルグのCBD(CENTRAL BUSINESS DISTRICT) 並びにその周辺は 「危険情報レベル2=不要不急の渡航中止」 地域である。 このCBDは以前企業のオフィスが集積するビジネス地区であったが、現在は治安の悪化が顕著であり、一見賑わいを見せているものの現地人もみだりに近づかない場所だと警告されている。銃器を使用した強盗が多発し犯罪手口は凶悪、また周辺諸国からの不法移民を含む貧困層の流入、外国人を含む組織化された犯罪シンジケートによる活動、大量の銃器の不正流通などが依然として続いており、さらには犯罪を取り締まるべき警察官による不適切な対応も後を絶たないとされ、強盗・性的犯罪を目的とした誘拐事案も増加していることから、移動は車を利用し徒歩での移動は避けよとの指示である。 現在、世界でも屈指のハードシップ地域であることは疑いのないところであろう。  ※南アフリカ観光局HPは「ヨハネスブルグはエンターテイメント&レジャーの宝庫」と称して観光客を誘っており、また現地に居住   する邦人のSNSの中には 「意外と良いところ」 とするお気楽ムードの記事も散見されるが、ある企業のヨハネスブルグ駐在員の ”暮らしぶり” 紹介ページ (2025.12.29.付) に見られる    「ヨハネスブルグは世界でも最も治安の悪い都市として有名で、私が生活しているサントン地区は比較的治安が良いと言っても 徒歩での移動はNGで夜間の移動も基本的には避けるようにしています。アパートは高圧電流のフェンスで覆われており、外から 自宅までのアクセスには有人を含むセキュリティゲートを計5つ解錠する必要が有り、厳重なセキュリティ体制の中で安心した 生活を送ることができています。」    という生々しい状況が実態だろう。「治安が悪いため、安全対策を最優先事項とし、緊張感を常に持つ必要がある」とのことである。


【出典・参考】

「南アフリカの歴史」 ロバート・ロス 著 石鎚 優 訳 (創土社)

「新版 南アフリカの歴史」 レナード・トンプソン 著 宮本正興/吉國恒雄/峯陽一 訳 (明石書店)

■楽曲解説

作曲者ウォルトン自身ははこの曲について 「ノン・ストップのギャロップだ。少々常軌も逸していて、愉快で俗っぽい。」 と評している。 その言葉通り、Presto capriccioso (♩=152) で始まるこの曲は主部が循環する複合ロンド形式に成り、終始快速なテンポを緩ませることのない、実にスカッと爽やかな音楽である。


【出典・参考】

 英国紙「ザ・ガーディアン」Web版記事 ”National Youth Orchestra of Scotland review” (2014.7.31.)


冒頭の鋭く短い楽句による序奏に続いて、早速たおやかにして優美、そして軽やかな主題が Violin に現れる。


Hornによって奏されるメロウな第2の主題、


Muted Brass の野性味に溢れる第3の主題-。


さらに木管群の快速な細かいパッセージによる第4の主題へと続き、音楽はぐんぐんスピード感と生命力を増してくる。

ほとばしる水の如く、生き生きと繰り出される魅力的な旋律!まさにウォルトンならではの”魔法”というべきものであり、しかも各旋律の個性が効果的な対比を描き出す。

そして、いよいよアフリカン・パッセージの登場だ!

ラテン・パーカッションが賑やかにリズムを刻む中、ユーモラスな Tuba のベースラインが...。異国情緒が充満したこの中間部は、前後のイギリス風音楽と鮮烈な対比に輝く。

エキゾティックな音楽はさらに高揚し、ヴィブラートをかけまくりながら Hi C をぶっ放す Muted Trumpet の楽句がカウンターに加わってクライマックス!


ブリッジを挟んで再現部へ入るとイギリス風の曲想が戻って熱情を冷まし、流麗な音楽の流れが心地よい。音楽は Fagotto から Clarinet へと連なるリズミックなパッセージが口火を切って終結部に向う。

Molto rit.で幅広くなる音楽は、濃厚で鮮烈なブラスの打ち込みの末、息を呑むようなG.P.!あとは一気になだれこむ激烈な音楽となり、そのエキサイティングさに心躍る。特にTrombone のグリッサンドを効かせたカウンターにはシビれてしまう!


再びアフリカン・パッセージもクロスオーバーして興奮は最高潮、最終盤はテンポを捲くって Prestissimo となり、鮮烈な Trombone と Trumpet の掛け合いによって熱狂のうちに曲を締めくくる。



■推奨音源

音源は非常に少ない。ウォルトンの手掛けた中でも存在自体が希少な楽曲なのである。


チャールズ・グローヴスcond.

ロイヤル・リヴァプール・

フィルハーモニック管弦楽団

スピード感とコントラストの鮮やかさで随一の演奏。ウォルトンの管弦楽曲の傑作集であり、そのほかの楽曲についても、ウォルトンの凄さ・素敵さを心ゆくまで堪能できる名盤。






ウイリアム・ウォルトンcond.

フィルハーモニア管弦楽団

ウォルトン指揮による自作自演盤!

さすが、というかこの作品の魅力である瑞々しい活力を存分に発揮しながらのびのびと演奏されている。

ウォルトンの頭の中にあったこの曲のテンポ設定/スピード感を端的に感じることができよう。





【その他の所有音源】

 ポール・ダニエルcond. イギリス・ノーザン・フィルハーモニア ブライデン・トムソンcond. ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 アンドレ・コステラネッツcond. ニューヨーク・フィルハーモニック



-Epilogue-

ヨハネスブルグという都市をめぐる事情は非常に複雑であり、1956年の当地においてこの「ヨハネスブルグ祝祭序曲」がその名の通り祝祭曲としての役割を本当に果たせたのか、どのように受け止められたのかは、これもまた洵に複雑そうではある。


しかし、この曲の放つ魅力は揺るがない。 ウォルトンの作品としても異色のものではあるが、魅力的な旋律と鮮やかな色彩、コントラストが”快速”を軸として爽快に描かれている。アフリカンパッセージの賑わいをはじめ、演奏する側にとってもワクワクするカッコイイ楽句が次々と現れるのだ。

演奏機会のあまりの少なさが大変残念な一曲であるが、こういったクラシック佳曲の再評価においては”吹奏楽の出番”ではないかとも思ってしまうのだが、如何なものだろうか...。


 ※尚、ごく直近の2026年6月にパシフィックフィルハーモニア東京が飯森範親の指揮で演奏している。私にとって近くの東京芸術劇場

  だったし知っていれば聴きにいったのだが...飯森範親の棒ならきっとセンスの良い、この曲の魅力を発揮した演奏が期待できたのに。

   <Originally Issued on 2007.6.28. / Revised on 2011.5.29. / Further Revised on 2026.8.11. >





 
 
 

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