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朝鮮民謡の主題による変奏曲

  • hassey-ikka8
  • 2024年2月5日
  • 読了時間: 9分

更新日:2024年11月1日

Variations on a Korean Folk Song

J. B. チャンス John Barnes Chance (1932-1972)


-Introduction-

その題名から「面白そうな曲だなぁ」と-。

1977年8月、佐賀県武雄市の西部吹奏楽コンクールに出場した中学1年生の私は、ほんの4ケ月前に初めて楽器を持ったばかり。幼い頃から音楽に特段の興味もなく、当時まだ残っていた軍隊的シゴキのおかげでコンクールのステージに上がってはいたが、「音楽を聴く」ということの意味すら解っていない子供であった。


自分たちの本番は早々に終わり、他校の演奏を聴く。先輩に「聴いときなさい」って薦められた沖縄の学校の出演順になると、その2校とも広い会場が通路まで立見でいっぱい。演奏が終わると 「やっぱり上手いねー」という声しきりなのだが当時の私には違いなどさっぱり判らない。ウチとそんなに違うのかなあ?ウチだって県大会では金賞だったんだから-。

なんて思いながら、手許のプログラムを見て次はどれ聴こうかなと見ていると…「朝鮮民謡の主題による変奏曲」という曲目が眼に入った。うん、これ聴こうっと。沖縄の学校の時と違って会場は空いていて、席に座ることもできた。


アナウンスに続き演奏が始まる。課題曲はウチと同じ「ディスコ・キッド」。これも上手いのかどうか、さっぱり判らない。

さて自由曲はどんな曲なんだろう?そう思った次の瞬間だった。

美しい Clarinet のシャリュモー音域による旋律が歌い出す。



冒頭のF音からして既に、首の後ろの毛が逆立ってくるのをハッキリと認識した。そしてそれは旋律の高揚とともに激しさを増し、3小節目冒頭のD音で早くも頂点に達したのだ。

何という快感!眼前の映像が歪むかのような恍惚感!


そう、私は音楽のもたらすエクスタシーを初めて知ったのだった・・・!


その日から、私の音楽狂いがスタートする。寝ても醒めても音楽のことばかり考え、隙あらば?音楽を聴きまくる日々。以後、半世紀近くも楽器を続けさまざまな音楽を聴きまくっている私だが、どうしても吹奏楽に心惹かれるのは仕方のないことだろう。何しろ生まれて初めて音楽の快感を私にもたらしたのは「吹奏楽」 なのだから…。


因みに僅か3小節で私をイカせたこの名瀬中学校(鹿児島県奄美市)…見事全国大会初出場!

凄い演奏は何にも知らないガキにも判る- そういうことである。


■楽曲概説

「朝鮮民謡の主題による変奏曲」1965年に作曲されたジョン・バーンズ・チャンスの代表作にして、1966年のABAオストワルド作曲賞受賞作。

有名な朝鮮民謡 「アリラン」 の主題に基く変奏曲であるが、チャンスは朝鮮戦争 (1950-1953) 従軍時代にこの旋律に触れたものである。 チャンスの遺した作品は本作品のほかにも「呪文と踊り」 「エレジー」 「交響曲第2番」 「ブルー・レイク」 など、いずれも他にはない個性と優れた内容のものばかりである。彼が事故により夭折したことは本当に惜しまれる。


「朝鮮民謡の主題による変奏曲」の構成は、主題-第1変奏(Vivace)-第2変奏(Larghetto)-第3変奏(Allegro con brio)-第4変奏(Sostenuto)-第5変奏(Con Islancio) となっており、多数の打楽器を効果的に使用しつつ個性の異なる変奏を展開し、そのコントラストの見事さに惹きつけられる。最終第5変奏におけるカノンからポリリズムに転じる壮大なクライマックスはまさに圧巻、吹奏楽史に刻まれる屈指の名作である。


■「アリラン」 について チャンスが変奏主題に選んだ 「アリラン」 は朝鮮民謡の代表的なものであるが、これについて語るのは ”かなり難しいこと” であることをまず申上げておかなくてはならない。

民謡「アリラン」は186種2,277連が伝えられており(韓国江原大学・朴敏一教授の調査による)、

「アリラン」という言葉の由来/意味についても13もの説が存在しているなど、 「アリランとは何ですか?」と訊かれて即答することは難しいのだ。

(決定的な学説は存在せず、旧来より調査者や語る者それぞれによって異なる内容のさまざまな説明が成されていて、そのどれもが正しいと云えば正しいのである。)


非常に多種にのぼる「アリラン」は分類の切り口によって呼び方も変わるが、チャンスの耳に残り「朝鮮民謡の主題による変奏曲」に使われたのは 「本調アリラン」 或いは 京畿アリラン

と称されるものである。

  ※全国的に歌われるものとしては「本調アリラン」の他に「旧調アリラン」(アメリカ人宣教師ホーマー・ハルバ

   ートが「アリラン」として世界で初めての採譜を行い、1896年出版の「朝鮮留記」に ” KOREAN VOCAL MUSIC”

   として記載したもの) や「新アリラン」「別調アリラン」などが挙げられる。

   また地名を冠したアリランとしては、京畿アリラン」の他「珍島アリラン」「密陽アリラン」「江原道アリラン

   「旌善アリラン」を代表的なものとして挙げることができる。


伝統的な「アリラン」の伴奏にはカヤグム(伽耶琴)チャンゴ(杖鼓)、横笛テグム(大笒)と篳篥の仲間であるピリが使われている。


左画像:

韓国国立国楽院 器楽合奏



「アリラン」は高麗王朝時代の14世紀末が起源であるとか、京畿道地方の民謡を元にした労働歌として発祥したとか、更には遥か古代から歌われていたなどそれこそさまざまな説が存在しているものの、かなり古くから存在していた民謡であることは間違いない。

しかし「アリラン」が全国的に広まったのは、日本統治下の1926年に公開された(無声)映画「アリラン」で始めて歌われた「新アリラン」が映画のヒットとともに爆発的にヒットしたことによるという。

  ※「旧調アリラン」をイメージして監督を務めた羅雲奎が作詞、金永煥が作曲。


「アリラン」の代表的な歌詞に登場する「アリラン峠」も、この映画および「新アリラン」を契機に ”誕生”したものであって実際の地名として存在する峠ではない。それは”心情中の峠”=試練/葛藤/受難を示すと解される。


この「新アリラン」は大衆歌謡風でテンポも速かった(♩=166位)がゆえにヒットしたと考えられているが、その後徐々にメロディーが歌いやすくまたテンポも遅く(♩=120位)変化し、民謡的色彩を強めて現在の「本調アリラン」として1930~1940年頃に定着したと言われている。

「朝鮮民謡の主題による変奏曲」を聴けば、作曲にあたりチャンスの念頭にあったものもこの「本調アリラン」であったことが判る。朝鮮戦争に従軍しまさに生々しい戦争体験をしたはずのチャンスに「アリラン」はどのように聴こえていたのか、どのように心に刻まれたのか- 何らのコメントも資料も遺されておらず、不明である。


【参考・出典】

「アリランの誕生 -歌に刻まれた朝鮮民族の魂」

宮塚 利雄 著(創知社)

「アリランの謎」 CD (キングレコード)






民謡「アリラン」(教育芸術社HP) https://www.kyogei.co.jp/shirabe-sekai-c-05-html/


■楽曲解説

主題 Con moto (♩=96)

Clarinet の美しいシャリュモーで「アリラン」が歌いだされ、深遠な響きで始まる。

旋律の後半からは Piccolo+Flute+Alto Clarinet も加わって穏やかに厚みを増し、続いてバックハーモニーの暖かなイメージに包まれながら Alto Sax.+Tenor Sax.+Euphonium によって旋律が再び提示される。

旋律は Horn によるハーモナイズを頂点に高揚し、やがて遠く遠く消えていく。

あくまで素朴な美しさを湛え、ノスタルジックな曲想に支配された主題提示部である。


第1変奏 Vivace (♩=132)

快活で目まぐるしい動きの変奏であり、発展・高揚していく中でダイナミックなコントラストが描かれるのだが、何と言っても ”ポコポコポン” というTemple Block の音色も加わって実にユーモラスなのが印象的。


最後まで緩むことのないテンポにあって、変奏の締めくくりに用いられた G.P. も極めて高い効果を上げている。



第2変奏 Larghetto (♩=72)

第1変奏の充分な余韻の中から対照的に抒情を湛えた幻想的な変奏となる。

主題を反進行させた Oboe ソロは何ともノスタルジックだ。



これが Flute+Alto Sax.+Horn に移って繰返され更に抒情を深めたのち、暖かいバックハーモニーに包まれて Trumpet ソロが「アリラン」を穏やかにしかし情熱を秘めて歌い上げる。


このソロの最初の部分でクロスオーバーする対旋律 ( Flute+Alto Sax.+Horn ) の情緒がまた味わい深い。


第3変奏 Allegro con brio (♩. =144)

またガラリと曲想を変え、勇壮な6/8拍子の行進曲風変奏に転じ、リズミックな伴奏に乗って Trumpet ソリによる変奏が展開する。


これが木管群に引き継がれ奏されていくのだが、そのバックを務める Trombone のハーモニーが大変ユニークで強い印象を与えている。

また、この変奏でも打楽器の活躍は目覚ましく、157小節の Snare Drum の鮮烈さなどが極めて高い効果を与えている。


第3変奏を締めくくり、第4変奏を誘うのも打楽器である。Snare Drum の小気味よいソロが徐々に弱まり遠くなり、密やかな Timpani のリズムにと引き継がれて第4変奏へと入る。


第4変奏 Sostenuto (♩=144*2分音符=72 ♩=144で刻まれる Timpani の3連符をバックに、3/2拍子の幅広い旋律で変奏される。

木管の12連符を合図により高揚して重厚なサウンドとなり、チャンス得意の Flute・Piccoloのトリルによる保続音が醸す緊張感の中、音楽は一層幅広くそして音量を拡大していく。


第5変奏 Con Islancio (♩=144)*Con Islancio コン・ズランチョ:突進して / 衝動的に

第4変奏の高揚の頂点で突如場面は切り替わり、Snare Drum ソロに始まり Cymbal、Gong、Temple Block が次々に加わってくる打楽器ソリによって最終変奏が開始される。



そして延々と反復される打楽器をバックに Vibraphone から再び「アリラン」の旋律が始まり続いて Flute+Piccolo → E♭&1st Clarinet → 2nd&3rd&Alto Clarinet + Alto & Tenor Sax.が3小節間隔で順に入って来て4声のカノンとなる。


そしてこの混然とした中で、 Trumpet + Trombone により1/3のテンポ (=1小節1拍)で雄大にそして高らかに奏される 「アリラン」 がクロスオーバーするポリリズムとなって、全曲のクライマックスを迎える。

ダイナミクスとともに音楽のスケールも大きく広がり、感動的な音風景が眼前に現れるのだ。

最後は再び打楽器群に導かれたリズミックでスピーディーなエンディングで全曲を終う。

■推奨音源

楽曲として大変よくできている証左か、録音された演奏は水準以上と評価できるものが多い。そのような喜ばしい状況ゆえに、敢えて私の好みで一つだけを推奨音源に挙げる。


ハリー・ピンチンcond.

エドモントン・ウインドアンサンブル

このバンドの透明感のあるサウンドに魅力があり、音楽作りに何ともいえない「品の良さ」を感じるのである。









【その他の所有音源】

 汐澤 安彦cond. フィルハーモニア・ウインドアンサンブル

 フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ

 佐渡 裕cond. シエナウインドオーケストラ

 ユージン・コーポロンcond. ノーステキサス大学ウインドシンフォニー

 スティーヴン・スカイアーズcond. ノーザンイリノイ大学ウインドアンサンブル

 木村 吉宏cond.広島ウインドオーケストラ

 渡辺 光正cond.航空自衛隊航空中央音楽隊

 スティーヴン・スティールcond. イリノイ州立大学ウインドシンフォニー

 鈴木 孝佳cond. TADウインドシンフォニー(Live)

 現田 茂夫cond. 大阪市音楽団(Live)

 ウイリアム・クラークcond. アメリカ陸軍野戦部隊バンド

 ドン・ショフィールドcond. アメリカ空軍ワシントンバンド


-Epilogue-

コンパクトな構成の中に、音楽としての魅力やアイディアの煌きをちりばめた名曲だと改めて感じ入らされてしまう。特に最終盤のポリリズムは実に感動的である。

大学時代にこの曲を実演する機会に恵まれたにもかかわらず、Trombone 奏者としてあらゆる面でヘボだったこともあり、私の演奏に際してのアプローチは完全に間違っていた。

今でもとても悔いが残っており、ぜひもう一度演奏してその悔恨を雪ぎたいと願うばかりである。



<Originally Issued on 2006.6.13. / Revised on 2008.2.1. / Further Revised on 2024.2.8.>

 
 
 

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