top of page
検索

[音源堂コラム⑨] 「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」の記憶

hassey-ikka8
1 日前
読了時間: 11分

-Introduction-

1996年6月、イーストマン・ウインドアンサンブルが5度目の来日を果たした。 この来日公演はドナルド・ハンスバーガーの指揮のもと、Trumpet のデュオ・ソリストとしてチャールズ・ガイヤー(Charles Geyer)とバーバラ・バトラー(Barbara Butler) 夫妻を擁し、多彩なプログラムで行われたのだが、私はその中で東京芸術劇場(池袋)での公演を聴くことができたのである。

当日のプログラムでは1995年のABAオストワルド賞受賞作である「シー・ドリフト」 (A. アイアナコーン) が演奏されるということで、私はそれを一番楽しみにして足を運んだ。しかし結果として一番私を魅了し、私の記憶に深く刻まれたのは別の曲目であった。 - それこそが 「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」である。

 ※「バンドピープル」1996年8月号記事。

一方「バンドジャーナル」にはこの1996年来日公演に関する記事が見当たらない(おそらく音楽之友社と公演主催 者との関係性による)。 結果として、本来日公演の目玉であったはずの「マルチプル・トランペットのためのカル メン・ファンタジア」 について日本では充分に伝えられなかった。令和の今なら間違いなくSNS/Webを賑わせる インパクトがあったのだが...。


■ LIVEで聴いた 「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」のインパクト

当日、池袋・東京芸術劇場でのイーストマン・ウインドアンサンブル公演も大詰めを迎えた。

初めてその曲名を聞いた「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」 がいよいよ始まるー。

冒頭、オフステージでのファンファーレに続き、ドラムマーチを奏でる衛兵に導かれてカルメンとドン・ホセを演じる2本の Trumpet =ガイヤー&バトラーのお二人が盛大な拍手とともに入場してくる…もうその瞬間からオペラ「カルメン」の世界に持っていかれてしまった。 (細部の記憶が定かでなく恐縮だが、お一人ずつそれぞれ上手・下手から入ってきた気もしている。とにかく舞台に登場するところからして、オペラの主役歌手そのままに会場はやんやの喝采、大盛り上がりだったことは間違いない。)


「カルメン・ファンタジア」 管弦楽版を演奏するガイヤー&バトラー
「カルメン・ファンタジア」 管弦楽版を演奏するガイヤー&バトラー

当日の会場には妙齢のご婦人も多く、そういう方々の方が私の如き”吹奏楽バカ”なんかよりずっとオペラの楽しみ方をご存じだったのである。


艶やかな真紅のドレスに身を包んだバトラー女史のラッパが高らかにアリアを歌い上げるや、実に自然に湧き上がる拍手と掛け声…オペラについてはド素人の私でも、盛り上がるその雰囲気を存分に味わえたのだ。

続いてガイヤー氏のラッパが「闘牛士の歌」を奏でるが、それが始まる前の楽員の”ガヤ”の醸し出す舞台の雰囲気が最高!そしてここでも歌い上げたガイヤー氏へ、絶賛の拍手とともにBRAVO ! の掛け声が飛び交う。 - いやもうこれ、オペラそのものやん! 吹奏楽においてはめずらしい、何という魅力的で独創的な企画、編曲、演奏だろうか!


 ※管弦楽版のものになるが、ガイヤー&バトラーのお二人が演奏する 「マルチプル・トランペットのためのカル メン・ファンタジア」 の抜粋が下掲URLの Youtube にて視聴できる。

  ”百聞は一見に如かず” これをご覧になれば、私の感じたことはすぐにご理解・ご共感いただけるだろう。圧倒 的な舞台音楽の熱狂があるのである。   https://youtu.be/S1WoSk4ajAk?si=3rMy38mWwooW1CBN



■ 楽曲概説

クラシックファン以外にも、極めて広く知られた名曲 - ジョルジュ・ビゼー ( Georges Bizet 1838-1875 ) の代表作にして最大の人気作こそが、歌劇「カルメン」(1875年)であり、夭逝した天才ビゼーが最後に放ったこの上ない大輪の華というべき傑作といえよう。


「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」 はイーストマン・ウインドアンサンブルの3代目常任指揮者であるドナルド・ハンスバーガー ( Donald Hunsberger 1932- 2023 )が、2人の Trumpet 奏者をフィーチャーして編曲した、歌劇「カルメン」のハイライト組曲である。

この編曲において2人の奏者が演奏するのは Trumpet だけではなく、 Flugelhorn・Cornet・Piccolo Trumpet も持替えで駆使している。更に実際には調子(管長) の異なる幾つかの Trumpet も使用するようだ。


この作品はのちに 「2本のソロ・トランペットとウインドアンサンブルのためのカルメン・

ファンタジア」 (CARMEN FANTASIA for Two Solo Trumpets and Wind Ensemble)と一部改題し出版された。

その構成は以下の通りである。

Ⅰ. 第2幕 ファンファーレ – 第4幕への間奏曲

Ⅱ. 第2幕より 二重唱「おまえが投げたこの花は」

Ⅲ. 第3幕より 六重唱と合唱「ジプシーの入場」 – 第1幕より 「街の少年たちの合唱」

Ⅳ. 第1幕 「ハバネラ」 – 第1幕 「闘牛士の歌」

Ⅴ. 第3幕 アリア「密輸業者はいつもの避難所だ」

Ⅵ. 第2幕 ジプシーの歌「シストルの竿が鳴り響き」


元々は管弦楽のための作品(1994年初演)であり、アメリカ国内のみならず海外でも演奏された後に吹奏楽(ウインドアンサンブル)版が編まれ、それがイーストマン・ウインドアンサンブルの1996年日本ツアーにも採用された。 管弦楽版はCDも出版されている。

 ※残念ながら吹奏楽版の音源は発売されていない


ドナルド・ハンスバーガーcond.

ノースウエスタン大学交響楽団 Solo Trumpets :

バーバラ・バトラー、チャールズ・ガイヤー


この編曲ではカデンツアもふんだんに用意されており、また実際の演奏においては出版譜通りではない演出も行われているようである。 ただいずれにしても、私としてはやはりー ”この曲の演奏においては、プリ・マドンナを務める女流トランペッターがいてほしい !! ”



■「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」の誕生とその背景


 Barbara Butler & Charles Geyer
Barbara Butler & Charles Geyer

この「カルメン・ファンタジア」は洵に稀有な作品である。その誕生のきっかけは、ドナルド・ハンスバーガーが当時イーストマン音楽学校の同僚教授 (Trumpet) であったチャールズ・ガイヤーとバーバラ・バトラーの2人から依頼を受けたことによるという。 ガイヤーとバトラーがイーストマン音楽学校の教授職に採用されてから数年後、ハンスバーガーは世界的な Trumpet の名手であるウィントン・マルサリス ( Wynton Marsalis 1961- ) のアルバム 「カルナヴァル」※ の制作に携わった。同アルバムは1988年のグラミー賞にノミネートされるなど高い評価を受けている。


そしてハンスバーガーは更にその数年後に、ガイヤーとバトラーの2人から「『カルナバル』がウィントンの多彩な才能を浮き彫りにしたように、自分たちを主役にした大作を書いてほしい」との依頼を受けたというのである。

※ウィントン・マルサリス 「カルナヴァル」

1987年リリース。

19世紀から20世紀初頭のアメリカにおいて一世を風靡した Cornet の名手たちへのオマージュというべきアルバムであり、その当時の Cornet による名曲にウィントン・マルサリスが新たな魅力を吹き込むというものであった。

当時を踏襲し吹奏楽伴奏でアルバムを制作するにあたって、ハンスバーガーは編曲を担当するとともにイーストマン・ウインドアンサンブルを率いて伴奏も行っている。

このアルバムの詳細は、下掲のハンスバーガーによるリーフレット解説を参照されたい。そこにある 「20世紀の変わり目頃、アメリカの一般の人々にとって生演奏の音楽に触れる主な手段は吹奏楽団でした。当時 (ウインド)バンドは至る所に存在していました。大小さまざまな都市や町には地域ごとの楽団があり、多くの企業や軍の連隊もバンド活動を支援していました。人々は遊園地、州博覧会や産業博覧会、地元の劇場などに大挙して押し寄せ、プロの楽団による演奏を楽しみました。そこでは、ジョン・フィリップ・スーザ、パトリック・S・ギルモア、フレデリック・インズ、アーサー・プライヤーといった著名な指揮者たちが、行進曲・管弦楽曲やオペラ曲の編曲、軽快な付随音楽などを披露しました。特に、各コンサートでフィーチャーされる数多くのソリストたちの演奏は、聴衆を大いに魅了しました。」 という記述は印象深い。 これはかつて吹奏楽が最先端の流行音楽だった時代の話ではあるが、吹奏楽の在り方・目指す姿としては、間違いなく現在でも通ずるものであるだろう。



ドナルド・ハンスバーガー
ドナルド・ハンスバーガー

ハンスバーガーはこの依頼にいささか戸惑ったようだ。 「当初、これは非常に大きな挑戦のように思えました。なぜなら、一人のソリストの才能や能力を際立たせることは比較的容易ですが、同じ楽器を演奏する二人の奏者に対して、どちらか一方を軽んじることなく、音楽的かつ独創的なアイデアを提示するのは、はるかに難しいことだからです。」

しかしチャールズ・ガイヤーとバーバラ・バトラーの2人が 「デュオ・ソリストとして、極めて深くかつユニークな形で結びついている(=”ケミストリーが深い”) 」ことを理解したハンスバーガーはこの依頼に取り組むことを決意する。

「彼らは、メロディ・ラインと伴奏ラインを入れ替えても、聴き手がどちらの奏者がどのパートを吹いているのか気づかないほど、シームレスに調和しているのです。音色を合わせ、互いの音楽的な志向を瞬時にかつ正確に察知する彼らの能力は、オペラ公演でしばしば耳にする声同士の完璧な調和(トーン・マッチング)を器楽の世界で実現していると言えるでしょう。特に Piccolo Trumpet における彼らの卓越した技術(個人としても、デュオとしても)は非常に印象的であり、『カルメン』からの抜粋曲の選定やその扱い方にも、その特徴が強く反映されています。」

まさにチャールズ・ガイヤーとバーバラ・バトラーという名手のデュオがあればこそ成立し得た作品、と云えるかもしれない。こののち本作に挑む奏者たちは、演奏においてこの二人に比肩する”調和”が求められるということだろう。

更にハンスバーガーは以下のように述べ、本作品がまさにオペラ上演のフレーバーに満ちた演奏/演技を求めていることも示唆している。 「この楽曲は、一種の演劇的な舞台構成をとっています。ソリスト2名はオーケストラの前方に配置され、それぞれに専属の打楽器奏者が伴奏者としてつきます。冒頭のファンファーレは舞台袖から演奏され、オーケストラによる序奏の間にソリストたちが登場し、最初のカデンツァを演奏するタイミングで所定の位置につくという演出です。演奏中、ソリストたちは自由に舞台上を動き回ることができ、互いに反応し合いながら演奏する――いわば「対決的な即興」を繰り広げることが求められます。」 吹奏楽作品として、実に画期的である! 特にポピュラー音楽以外のジャンルにおいても、突き抜けた魅力のあるLIVEパフォーマンスを提示できることは非常に価値が高い。ソロ/ソリをフィーチャーするか否かは別として、こうした視点からも吹奏楽のレパートリーを拡充できたら素晴らしいと思う。


 【出典】

「2本のソロ・トランペットとウインドアンサンブルのためのカルメン・ファンタジア」フルスコア所載の

ドナルド・ハンスバーガーによるプログラム・ノートより ■「カルメン幻想曲」といえば...

「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」の創作にあたり、おそらくハンスバーガーも想起していたはずなのが、サラサーテ ( Pablo Martín Melitón de Sarasate y Navascuéz 1844-1908 )作曲の「カルメン幻想曲」(1883年)である。

かのヴァイオリンの名曲 「ツィゴイネルワイゼン」 で高名なサラサーテの作曲であるから、この幻想曲もソロ・ヴァイオリンをフィーチャーした管弦楽のための作品である。本作品ではソロ・ヴァイオリンが歌劇「カルメン」の名旋律を華麗にそして優美に弾きまくる。これも最高に愉しい楽曲だ。

二ノ宮知子の傑作「のだめカンタービレ」Lesson 49 にも登場する。本譚は主人公・千秋真一の指揮するR☆Sオーケストラをバックに、”真っ赤なルビー”こと三木清良が快演する印象的なエピソードである。


私も「のだめカンタービレ」でこの楽曲を知り、聴いてみてとても気に入ったわけなのだが、音源としてはこちらをおすすめしておきたい。

ソロ・ヴァイオリン:イツァーク・パールマン ズービン・メータcond.

ニューヨーク・フィルハーモニック 幅広い音域で美しい音色を聴かせる華麗なパールマンのソロは、縦横無盡で饒舌だが情感に満ちたもので、オペラの世界を見事に表現している。 生命感あふれる闊達な音楽に、理屈抜きに惹き込まれてしまうのだ。




-Epilogue- 今でもありありと私の中に甦るあの1996年のイーストマン・ウインドアンサンブルの公演ー 「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」は20数分間に凝縮されたオペラのハイライトだったわけだが、それは2本の Trumpet の妙技と豊かな歌心とともに「音楽」を心底楽しめた、文字通りあっという間のひとときだった。 プロが「聴かせる」「楽しませる」演奏とか、境地というものは、まさにこの次元であるべきではないのだろうか。思わずそう感じてしまったのである。

そしてプロ・アマを問わず、昔も今も聴衆にとって身近な ”LIVE演奏” を聴かせることを身上としてきた吹奏楽こそは、もっともっとこのような舞台作品的な楽曲も生み出し、プログラムに取り入れていくことに努めなければならないのではあるまいか。 ...そんなことも感じてしまう昨今である。

尚、「マルチプル・トランペットのためのカルメン・ファンタジア」を創出した原動力であり、またそれを実演にて世に送り出したチャールズ・ガイヤー氏は、洵に残念ながら2024年6月に逝去された。





本稿の最後に、愛妻でもあるバーバラ・バトラー女史とともにこの曲を吹き終えるやいなや、彼女にキスをしてしまうガイヤー氏とそれを見て思わず微笑む楽員たちのショットを掲載し、心からの感謝と哀悼の意を表したい。                               <Issued on 2026.10.29.>

 
 
 

最新記事

すべて表示
「橋本音源堂」HP 掲載記事リンク一覧

※曲名/記事名をクリックすると当該記事のページにジャンプします ※作曲者/アーチスト名アルファベット順です ■吹奏楽曲・管弦楽曲 (英国式ブラスバンド楽曲を含む) 🄰 ラ・フォルム・ドゥ・シャク・アムール・ションジュ・コム・ル・カレイドスコープ 天野 正道 第六の幸福をもたらす宿 -組曲 M. アーノルド/C. パルマー 🄱 トッカータとフーガ ニ短調 BWV565 J.S.

 
 
 

コメント


橋本音源堂へようこそ!吹奏楽をはじめとする音楽に関するコトを…

楽曲にまつわるさまざまな情報と、私の感動体験をお伝えします☆

bottom of page